古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2013年3月11日月曜日

あれからまる2年・・・

あれからまる二年・・・
東日本大震災当日の3月11日は私の誕生日で、当日は誕生日記念に買ったデジカメを帰ったらいじろう・・・などと考えていた矢先に例の地震が発生しました。
一般的にはこれまでは365日の中では特にはエポックもなく、消化されるように流れていた『3.11』という日付が、この日をきっかけに色々な思いを持つ『3.11』になってしまいました。

初ショットはこれに・・・
帰宅難民になった私は、勝鬨から途中娘の学校に立ち寄って約20キロ、7時間ほど徒歩にて帰宅しました。
携帯も通じない中で、ウオークマンでテレビ放送を聴けたのが心強かったです。
サイレンの鳴り止まない騒然とした異常な雰囲気の中を道路まで広がった人並みに紛れて歩く時の不安感はこれまで経験したことのないものでした。
被災地のことを考えれば大したことない訳ではありますが、それなりに初めて体験した地震体験でありました。

自宅に戻って家族の全員の安否が確認された後に、寝る前に自室に入ってびっくり。
あらゆるものが散乱していました。
真鍮の電車も鉄コレも床にたくさん落ちていましたが、鉄コレは驚くほど分解されていました。
木と紙でできたストラクチャーの散乱していましたが、こちらは意外にもあまり壊れておらず、真鍮の電車が一番破損していました。本体の丈夫さよりも、重さが命運を分けていることは考えてみると当然な事ではあります。
期待の新鋭デジカメGXRのファーストショットはこのカットになりました・・・。

11.4.13 仙台市若林区荒浜
それから約一か月後に復旧業務のお手伝いで仙台を訪れたときに訪問先で見た光景です。
カメラを向けること自体がいけないのではないか・・・との思いもあり、いったん現場を離れましたが、このようなことを記録することも大事では・・・と思い直して、撮りました。

11.4.13 仙台市若林区荒浜
津波に流されてひっくり返っていたのは101系電車のようでした。
なぜこんな場所に101系電車がいたのか分かりませんが、仙石線の105系改造時に応援に行っていた101系の一両だったのかもしれません。

11.4.13 仙台市若林区荒浜
これ以上のコメントは控えたい状況の姿に津波の怖さを実感しました。
なかなか進まない復興の状況が報道されていますが、月並みですが一日でも早い復興を祈らざるを得ません。

4 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

震災では鉄道網も寸断されてしまいました。全てが鉄道として甦るかは限りなく⁇ですし。
仙石線や常磐線は如何なるやら。

chitetsu さんのコメント...

Cedarさん
三陸の鉄道はバスが走り出し、再び線路が敷かれることはなさそうな雰囲気ですね。
何度も利用した路線なので複雑な心境です。
常磐線は二度と繋がらないのでしょうか?

元・いきもの部長 さんのコメント...

chitetsuさん

先ずは、誕生日おめでとうございます。
でも、ちょっとお祝いしにくい日になってしまいましたね。
ちなみに、9月11日が誕生日という人を知っています。

震災の津波で流された101系はネットで調べてみました。
廃車後に倉庫として引き取ったもののようです。
このような姿を見るのは辛いですね。

chitetsu さんのコメント...

元・いきもの部長さん
コメントありがとうございます。
誕生日は365分の1ですから、誰かが何かの日にはあたる訳ですものね。確率は結構高いですね。
101系のこと、コメント頂戴したのを見て、私もネットで見てみました。
101系の1000番台みたいですね。
どちらにしても実車を見たときはショッキングでした。