古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2019年2月17日日曜日

10年前の名鉄電車

10年前の11月に名鉄電車に立ち寄った時の画像からちょっとまとめてみました。


08.11.13 東枇杷島

既にパノラマカー終焉の頃で、限定された運用に就く程度になっていました。
その情報を入手したので、ちょっとお名残り撮影をしました。
まず最初は、初めて名鉄電車を撮った場所・東枇杷島へ。
1980年頃の名鉄電車は本当に様々な電車が走っていて、パノラマカーは当たり前すぎる存在でした。

08.11.13 東枇杷島

振り向いてもう一枚。
名古屋の名岐側はカーブが続く不利な線形です。

08.11.13 中小田井

犬山線・岩倉に向かったパノラマカーを追いかけて中小田井で待ちます。
小田井といえば昔の宿場町。
駅も渋いのかと思っていったら高架駅でした。

08.11.13 中小田井
過行く姿を撮ってパノラマカーはおしまい。
折角なので小田井宿を見ることにします。

08.11.13 小田井宿

駅は近代的でどこかよそよそしかったですが、小田井宿はなかなか人情味ありそうな街並みでした。

08.11.13 小田井宿
落ち着いた街並みが続いています。

08.11.13 小田井宿
簡易郵便局もあります。
年賀はがきの季節ですね。

08.11.13 小田井宿

宿場の端まで来ました。
しばし休憩して、次の目的地に行きました。



2019年2月16日土曜日

常磐炭鉱の遺構

1990年に福島の浜通りを回った時の記録です。
昔常磐炭鉱周辺にはいくつもの専用線が常磐線からヤマに向けて走っていました。

90.3.11 磯原
その専用線はことごとく廃止になりましたが、当時は線路が残っているところもありました。
ここはわかって訪問したのか偶然だったのかすでに記憶はありません。

90.3.11 磯原

現役時代は良い写真が撮れそうな鄙びた風景でした。
既に線路は途切れ途切れに残っているのみでした。

90.3.11 磯原

鉄橋の部分だけ残っていた場所も。
日付見ると21年後のあの地震発生と同じ日でした。

2019年2月15日金曜日

雪のドイツ

そろそろ卒業のシーズンですね。
卒業シーズンと言えば思い出すのが35年前の卒業旅行です。
当時、始まったばかりのリクルートヤングツアーを使っての西ヨーロッパかけ巡りの旅でした。

84.2.27 Stainach

初の海外旅行、それも宿泊先も決めない自由な旅ではいろいろな経験が出来ました。
一面の雪の中をやってくる列車は、昔メルクリンのカタログで見たのと同じ風景で、感動的でした。


84.2.26 Crailsheim

駅での何気ない風景も新鮮。

84.2.26 Crailsheim

こんなシーンも実に異国情緒を感じました。

詳しくは昔の記事をご覧ください。
https://tsurikakedensha.blogspot.com/2015/02/blog-post_26.html



2019年2月14日木曜日

豊橋鉄道市内線

豊橋は飯田線撮影で一時は足しげく行きましたが、駅前から出ている市内線には全然訪問をしていませんでした。

モ3302 91.3.31

初めて訪問したのは1991年と大幅に遅れてのことになりました。
この派手な広告塗装が多いのも足を遠ざけていた要因だったかもしれません。

モ3702 91.3.31

その反面、当時は最古参のこの電車も元気に活躍をしていました。


モ3702 91.3.31

正面から見ると、その細身な車体が良くわかります。

モ3704 91.3.31 

お仲間は車庫で朽ち果てようとしていました。

2019年2月13日水曜日

一枚の写真から  ~総武流山電鉄

一枚の写真から、今回は総武流山電鉄の1200形電車です。
1200形電車は西武の501系電車で、1979年から1981年にかけて4編成が入線し、それぞれ別のカラーに塗装されました。
入線順に愛称もつけられ、流星、流馬、銀河、若葉と名付けられました。

クモハ1206,1201 
81.8.25 流山

こちらはそのうちの2編成「流星」と「若葉」で、右手にはもう一編成「銀河」が止まっています。
同系列は1999年まで活躍しましたが、結局見に行ったのは2回程度で終わってしまいました。

2019年2月11日月曜日

都電のPCCカー

都電のPCCカーは今、荒川車庫脇のスペースに展示されていますが、その以前上野の保存先から里帰りした時は車庫裏の目立たないところに置かれていた時代がありました。

5501 96.8.16 荒川車庫

5501 96.8.16 荒川車庫

この当時はどうなることかと思いました。
邪魔者扱いされて消えて行った都電。
お隣の横浜は立派な保存館がありますが、都電については寂しい限りです。
出来れば海外のような立派なミュージアムがあってほしかったです。

2019年2月10日日曜日

世田谷線の緑の電車

折に触れて訪れる世田谷線。
今もそれは続いています。
今回はその最初の頃の画像からです。

デハ85 80.5.17 下高井戸

下高井戸駅に停車するデハ80形。
美しく整備されていました。

デハ73 79.10.24 下高井戸

更新をする前のデハ70形。
80形に比べると随分古い印象でした。

デハ74 79.10.24 下高井戸

雰囲気は今もあまり変わらない下高井戸付近。

デハ83 80.5.17 下高井戸

運転台はシンプルそのもの。

デハ84 80.5.17 三軒茶屋
こちらは三軒茶屋駅付近のデハ84。

デハ85 80.5.17 下高井戸

デハ85と86だけは最期まで両運転台で、検査時は色々な相手と連結して走りました。

デハ86 80.5.17 下高井戸

この時は通常モードの85-86の編成でした。

デハ71 81.5.1 下高井戸

更新後の70形。
なんちゃって80形みたいになってちょっと気難しそうなお顔で活躍を続けていました。