古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2021年10月15日金曜日

一枚の写真から。

 友人から頂いた画像ファイルに、ちょっとぐっと来るカットがありました。


それがこちらです。

昔は河川改修工事ではトロッコが良く使われていました。

自分も親の車から見た車窓越しにトロッコを見た記憶がありますが、それがどこでどんなものであったのかは全く分かりません。

この写真もどこで撮られたものか、いつ頃のものかも皆目わかりません。

でも一枚の写真から夢が広がります。

敷設目的とかは全く違いますが、芥川龍之介の『トロッコ』を思い出しました。

2021年10月12日火曜日

京急線脇のナローゲージの軌道のこと。

ひっきりなしに電車が走る都会の一角にひっそりこっそり目立たずにナローゲージの軌道があったことをご存知でしょうか?

04.12.30 子安

その軌道のすぐ脇には京急本線が走っています。快特などの列車が猛スピードで通過してゆきます。


そして、そのナローゲージ軌道と建物を一軒挟んだ山側には東海道本線も隣接しています。この場所は結構有名な撮影ポイントなので、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。

こっちもひっきりなしに列車が通過していきます。住むには騒音と振動で厳しい環境に思えるこの場所ですが、この踏切のすぐ脇、双方の線路の間のスペースにナローゲージの軌道はありました。




こちらが、その軌道です。
左側が京急本線、建物の右側には東海道本線があります。
この軌道は工場の資材を手前側の道路まで持ってくるためのもののようですが、どのような商品を生産する工場なのかは知りません。


軌道を画面奥の終点側から見たところです。
砂利に埋まる線路とか、なかなか萌える光景です。



おそらく差し掛けのある所が、メインの積み込み場所なのでしょう。


水溜りの線路というのも魅力的。
この軌道、いつしか消えてしまったようです。



意外な場所に存在するナローゲージの軌道の話題でした。


2021年10月9日土曜日

西武2000系初期車・最古参編成引退。

 西武鉄道2000系の第一編成である2001編成が、10月3日に遂に横瀬に向けて廃車回送されたそうです。

79.6.28 新井薬師前ー中井

1977年の登場ですので、御年44歳の婆さん電車です。
仲間が少しずつ減っていく中、一番古い2001編成は本線系統で最後まで大活躍をしていました。いつかは来ることが分かっていても、ついにその時が来てしまったようです。

上の写真は登場から二年後のまだまだ初々しい頃の2001編成です。
黄色一色の塗装の4扉車、界磁チョッパ制御の採用、さらには湘南顔の伝統を打ち破った黒岩氏デザインの前面形状など西武の電車のこれまでの概念を覆す電車でありました。


写真の区間は現在地下化工事で仮囲いに覆われてしまっています。

79.10.21 南入曽

登場時の姿を形式写真で見てみます。
こちらはトップナンバー編成の奇数側先頭車のクハ2001です。



2個パンタのM1車、モハ2101です。
登場時は菱形パンタグラフでした。
界磁チョッパ制御器や電動機などは東急8500系と同じものだそうです。あちらの電車も長生きでしたが、既にカウントダウンたけなわです。


M2車のモハ2102です。登場時は側面方向幕もありませんでした。

製造当初はホーム有効長さの関係で6両編成でした。


20.4.3 新井薬師前

こちらは近年の姿から、クハ2002です。

背後は地下化工事がたけなわであることが見てとれます。


20.4.23 武蔵関

昨年春のクハ2001を武蔵関で。

19.4.5 武蔵関

更に、その前年は同じ場所で桜と絡めて。


田の字窓の電車は、すれちがってもすぐそれとわかります。
2000系初期車は二段上昇窓最後のグループですね。

21.4.25 井荻

今年にはいってから番号が確認できる最後の撮影はレッドアロークラシックのラストランの時でした。

鷺ノ宮ー下井草

下井草ー井荻

前面右側の種別幕は最後まで活用されることはありませんでした。


18.12.25 中井

クリスマスの街を往く2000系電車。

44年間にわたる活躍は車両の入れ替わりが激しい関東私鉄の電車としては長寿でした。

お疲れ様でした、と言いたいと思います。


2021年10月7日木曜日

銚子電鉄での思わぬ展開。

緊急事態宣言及び台風明けの清々しい気持ちで向かった銚子電鉄。

ところが前回の記事のように、台風被害の点検で銚子電鉄は始発から何と運休中でありました。

21.10.2 西海鹿島

沿線にはあちらこちらで台風の爪痕が。
水たまりや吹き飛んだ建材類が散乱しており、皆さん後片付け中でした。





これはダメだと、市内観光をして様子見をしてみます。小一時間してから仲ノ町駅に戻って駅の方に様子を聞いてみると、徒歩での安全確認が終わってもうじき試運転電車がまずは一往復します、とのお話が。








それなら、せっかくなのでその一往復だけでも撮って行こうと沿線で待つことにしました。
でも、待てど暮らせど電車は全然来ません。
諦めて成田に向かおうとしたら踏切が鳴りました。

西海鹿島

電車は本当に徐行運転で、ゆっくりと眼前を通過してゆきます。


これは結構折り返しに時間がかかりそうだと、一旦外川まで先に行ってみようかと思いながらロケハン兼ねて先へと進むと、電車が途中で止まっているではありませんか。
お話を伺ったら、踏切ごとに動作確認をしなければいけないそうで無線で保線スタッフと連絡を取りながらの匍匐前進状態だそうです。



なので踏切の保線のスタッフからの連絡待ちの間は電車は動かないそうで、堂々と踏切から真正面を撮らしていただきました。
線路が錆びているのが良く分かります。



反対側に回ってパチリ。
試運転電車がちょうど見たかった色の電車だったのもありがたかったです。
そして、踏切開通合図が来てゆっくりと発車。

犬吠ー外川

このように踏切毎に複数の保線のスタッフの方が片や踏切に立ち会って安全確認、もう一人の方がリレーBOXを開けて点検・動作確認して前へ進むということの繰り返しでした。
いやはや、安全運行のための手間というのは想像以上なのだと頭が下がる思いでした。

外川

試運転電車が普段の何倍もの時間をかけて、ようやく外川に到着しました。
折り返しも踏切動作確認しながらの運転なので、時間がかかるそうです。

犬吠ー外川

そうこうするうちに踏切が鳴り出しました。
そこで、私も移動。
次の駅まで行くにも時間がかかるので余裕で先回りできます。

仲ノ町

そんなこんなで帰り道もあちこちでお出迎え撮影ができて、結果的には充分満足する撮影ができたという皮肉な結果となりました。

改めて鉄道事業を安全に運行することの大変さを感じさせられた銚子電鉄訪問となりました。





2021年10月5日火曜日

緊急事態明けの週末、銚子電鉄へ。

緊急事態宣言も解除されたので、10月最初の土曜日に銚子まで行ってきました。

この日の目的は成田ゆめ牧場で蒸気機関車が運転されるのを見に行くことでしたが、折角成田まで行くのならちょっと足を延ばして、銚子電鉄に行きがけの駄賃で行ってみようと考えました。

ところが、思ったよりもやはり銚子までの距離は遠く、成田からちょっと足を延ばしても全然銚子には辿り着けないのですね。実際は成田は自宅と銚子との中間地点で、銚子までは自宅から成田よりも時間がかかるのでした。


グーグルマップで調べてみました。

自宅から銚子電鉄の仲ノ町までの距離は141Km、所要時間2時間36分です。


同じ距離でどこへ行けるのかな?と調べたら、軽井沢でした!

こちらは146Km。高速アクセスの良さもあって、こちらは1時間53分と2時間を切っています。

隣県の目的地よりも2県間に挟んだ信州のほうが近いのです。何となく感覚ではわかっていたものの、実際調べると明らかに銚子は遠いです。


最初に銚子電鉄に行ったのは1973年の夏でした。千葉から延々キハ17に揺られてようやく着いたというのが実感で、当時は銚子まで行くのに優等列車を使わないで行くと半日近く掛かりました。その時からずっと銚子は近くて遠いところという印象が強く、ついつい行くのが億劫になってしまう場所となりました。

21.10.2 小見川

というわけで、きっかけがないと行くのが億劫な銚子にこの機会に行ってみることにしました。青の濃淡電車がちゃんと見れていなかったのも気になっていたからであります。
時刻表を見ると朝の8時台までは2列車運行の様なので、早起きして朝の電車だけ撮って成田ゆめ牧場へ向かおうと考えて行動開始です。
分かっていても、やはり銚子は遠いです。
途中の小見川でもう疲れてしまいました。
ここで小休止。


今日は台風一過で晴天が期待できます。
道路を見ると結構な散乱物が。
自宅の方に比べてこちらは台風の影響が強かったようです。

上総橘

上総橘でまたもや小休止。
始発電車がやって来ました。
台風の影響はなく、定時運行でした。

仲ノ町

というわけでなんだかんだで3時間以上かけて銚子に着きました。
6時過ぎなのに電車は全てパンタを下げてお休み中。
あれ、おかしいなあ?と思って駅へ行ってみました。



駅員さんは梯子で駅舎の屋根に上って台風被害の点検中。
聞いてみると、安全確認をしているそうで確認とれてから運転再開しますとのこと。
あれれ、どうもついていません。。。



前日のお昼から運休であったようで、もう線路は軽く錆びています。

西海鹿島


沿線は結構水たまりも多く、想像よりも大変であったようです。


これは、電車の走る姿を見ることなく終わりそうな予感。。。。
また来るのも大変なのに。。。
続きます。


2021年10月2日土曜日

国鉄17M級電車の本ができました!

 以前もご案内しました、拙著『国鉄17M級電車』が刷り上がってきました!


こんな感じの本です。


最後の最後まで欲張って、入れられるものはかなり追加でねじ込みました。

例えば、表2にもこんな図面もオマケで掲載してみました。



また、おかげさまで版元完売品切れとなりました72・73系本も、オンデマンド版ながら重版されることとなりました。
お買い上げいただいたみなさま、ありがとうございます。


今回はネコ側考案でちょっと姑息?なオマケも用意しているようです。

tsuneyamaさんに書いていただいたイラストのポスター↑がネコに直接オーダーすると特典付録で付いてくるそうです。

本書は今月5日発売です。

17M級国電と私鉄に行った17M級国電がてんこ盛りです。

よろしければ本屋さんでご覧ください。

2021年10月1日金曜日

10月1日で消えゆくもの。

10月1日をもって新幹線Maxが定期運用を終えるらしいです。

そこでMax絡みの写真をまとめてみました。

08.1.17 東京

まずはMaxと一緒に撮っていた185系踊り子です。
この頃はストライプ塗装ではない時代でした。

08.8.13 東京

211系と185系。これも今や見れないシーンですね。
当たり前のものは、ふと気づくと無くなってしまうものなんですよね。



さて、Maxです。
引退間近のMaxと185系とのツーショット。

08.9.10 東京

総二階建て新幹線という電車の登場時は驚きました。
それでけ新幹線需要があったということでしょうが、今や居住性・バリアフリーの問題、走行速度の問題などから邪魔者扱いになってきました。


07.12.20 東京

進入するMaxの姿は圧倒的な迫力がありました。



Max同志の連結編成は圧倒的な輸送力かありました。
その連結した姿はちょっと魅力的でした。


08.3.5 東京

こちらは、去り行く寝台急行『銀河』とのツーショットです。
この当時はMaxなぞ誰も見向きしませんでした。

08.1.17 宇都宮

顧客が宇都宮にあって、その出張でもMaxは良く利用しました。


宇都宮は微妙な距離で、行きはMax,帰りは在来線グリーン車で節約コースが好きでした。どちらも二階席を利用する楽しみがありました。


二階建て席から見た209系6扉車。
こちらの詰め込み時代を象徴する存在でしたが、みるみるうちに消滅してしまいました。そして再び出現することは無さそうです。


時間の流れは速いものですね。