古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2023年7月30日日曜日

偶然撮っていた荷物電車。

 総武線の荷物電車はクモユニ74形時代から晩年は113系を2本つないだ編成が運転していたのは記憶されている方が多いかと思います。

こちらは、その間の時期のクモユニ143形で運転されていた頃の荷物電車です。

撮った記憶は完全に消滅していましたが、所用でネガスキャンしているときに偶然見つけました。

95.9.13 両国

両国駅で停車中のクモユニ143-1です。

2連なのは千葉で内房・外房に分かれて運転するためで、後に113系に置き換えられましたが、こちらの方が合理的に見えてしまいます。

多分JRからすればクモユニのお世話するより113系を走らせた方が合理的なのでしょうが、なんか空気輸送っぽく感じていました。

2023年7月26日水曜日

予備校時代を振り返る

先日、久しぶりに高田馬場で下車しました。

何とはなしに昔通った予備校のあたりの今を見ながら、西武線の黄色い電車を見てみようという気持ちになったためです。

クモハ575 79.11.9 高田馬場ー下落合

通っていた予備校は西武新宿線の真横にあり、休み時間は電車が行き来するのを眺められました。当時の新宿線はまだまだ赤電天国。

予備校生の身分ながらよくカメラを持参して通っていました。予備校生時代は生涯で一番勉強をした一年で、毎日予備校が開門する前に行って開門に合わせて入場して良い席を確保するのが目的で、結構コンペティターが居たのです。別に前の席でなくても良いのですが、何故か当時は良い席で聞きたいという向上心?があったのです。

開門前は空き時間です。その時にカメラが活躍します。

予備校脇の踏切や歩道橋からいつもこんな写真を撮ってから校舎に向かっていました。

23.7.13

同じ場所で撮ってみました。

予備校は移転して既に存在しないのは知っていましたが、懐かしいものです。

44年経た割には地形的にあまり変化はない感じです。


クモハ443 79.12.30

予備校には週末・年末年始も行っていました。

週末朝の新宿線名物は2両編成のゴルフ急行です。ゴルフ急行は現在の快速急行以上に停車駅が少ない特別列車でした。

写真はその送り込み回送です。晦日のゴルフ急行は401系改造前の411系でした。



今はこちらです。

44年前の思い出でした。

2023年7月20日木曜日

めっきり減ってきた黄色い西武電車。

西武鉄道、特に新宿線はちょっと前まで黄色い電車の天下でしたが、ここ一年ぐらいで大きく変化が発生しています。


23.7.13 高田馬場―下落合

2000系自体は数は減らしたもののまだ希少な存在までにはいっていませんが、良く見るとこのように池袋線系統中心であった8輌固定編成が多くなっており、4+4の新宿線ではもっともポピュラーであったはずの編成は随分と減っています。

23.7.13 下落合ー中井

6000系は長らく2編成体制でしたが、ここにきて3編成が池袋線からやって来て徐々に数を増やしています。


2000系の10両編成の急行運用はかなり減っており、日によっては平日の昼間は一本も走っていないことさえあります。特に基本的には10両編成でしか見れない田の字窓の初期車2連は既に絶滅危惧種です。


この姿を見れるのは既にカウントダウンではないでしょうか。


新2000系の2連は全て池袋線から撤退、新宿線系統に集中しています。
つまり、池袋線系統で10両編成の優等運用は消えたということですね。


身近な電車は撮る機会を失って、気づけば消滅ということが良くあります。

そうならないように、機会があれば撮るようにしています。

2023年7月14日金曜日

豊島園駅の変貌

 としまえんの閉園、そしてスタジオツアー東京(ハリーポッター)のアトラクションのオープンと、ここのところ色々と話題のある豊島園、その変貌を見てみたいと思います。


20.8.6

こちらは改築前の豊島園駅です。


一部二階建てのシンプルな駅舎でした。


駅構内にはとしまえんの広告が。


そして、この6月ハリーポッターのアトラクションがオープン。

23.5.4

こちらはそれに合わせて建て替えられた豊島園駅舎と改修中の駅前広場です。



そしてオープンしたばっかりの時の豊島園駅です。


駅構内もリニューアルされてハリーポッター敵にはなっていますが、何となく中途半端な感じは否めません。


としまえんは無くなったのに、ホームにはとしまえんが保存されています。


昔のとしまえんと新装ハリーポッターが同居する不思議な駅と相成りました。


たまにはこんな電車もやって来ます。

2023年7月8日土曜日

カートレインの旅

 前回カートレインの走行シーンをご紹介しましたが、今回は実際に利用した時の記録からご紹介します。

1989年の北海道旅行はある意味カートレインに乗ることが目的のような旅でした。

自家用車で行きは新潟から小樽へフェリーで行き、道内を回ってから帰りにカートレインを楽しむという企画でした。

89.8.1 白石

さて、そのカートレインです。
帰路の列車や飛行機は寂しいものですが、この時に限ってはワクワクでした。
白石駅に到着して受付を済ますと、順番にこのようなリフトで貨車に積み込まれます。


これで積み込みが完了です。


発車待ちのカートレインです。

長万部

途中長万部で一息つきます。道内はほぼ明るかった記憶があります。

黒磯

そして、翌朝の黒磯です。

まだED75がついていました。


そして恵比寿に到着しました。

順番に車が引き出され、三々五々街へと消えてゆきました。

恵比寿も今とはずいぶん違いますね。

2023年7月3日月曜日

カートレインという列車

7月になりました。もうじき夏休みですね。

夏休みというと思い出すのはカートレインです。

みなさん、カートレインという列車を覚えていらっしゃるでしょうか?

国鉄時代の1985年の夏から乗用車を有蓋貨車に積載する形で汐留駅から東小倉駅間を運行した「カートレイン」がその始まりです。余剰となった高速貨車である100 km/h走行対応の有蓋車とA寝台客車を使用して運転開始され、当然ながら全席指定席・途中での乗車・下車はできない列車です。その後JR移行後に1990年代は主に東京・名古屋から広島・九州間、東京 から北海道間、北海道内相互で運行されましたが、いつしか消え去ってしまいました。

89.7.28 北船岡

さて、カートレイン北海道です。

同列車は1988年から1997年までの間に恵比寿駅(1991年以降は浜松町駅に代わっています)から白石駅間で毎年夏休み期間に運行されました。

特急列車扱い。24系客車4両(電源車を含む)とワキ10000形9両で運行されました。

写真は北船岡駅付近を行く上りのカートレインです。



振り向いて東京へ向かう列車を見送ります。

89.8.1 白石

こちらは白石駅に入線するカートレインです。




この列車には、このあと乗ることになります。

この後の話は次回に続きます。