古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2019年4月30日火曜日

昭和から平成へ。31年前のスナップから

平成も今日が最終日。
世間はその話題で持ちきりですね。

ということで、弊ブログもそれにあやかって31年前の昭和から平成に代わって最初の鉄の旅スナップから当時の様子を見てゆきたいと思います。

平成最初の鉄の旅は和歌山の小私鉄巡りでした。

キハ58003 89.1.20 湯浅

湯浅駅で停車中の有田鉄道のキハ58形。
戦争中不要不急路線として廃止された代償のような形で戦後湯浅まで乗り入れていました。
この国鉄線直通は信楽高原鉄道での正面衝突事故後に取りやめになったそうです。

キハ58003 89.1.20 湯浅

国鉄線上に単行のキハ58は何とも不思議な光景でした。

キハ603 89.1.21 西御坊

その晩は御坊市内の商人宿に投宿。
徒歩で市内散歩しながら、西御坊へと向かいました。

キハ603 89.1.21 西御坊

存在感の無い雰囲気の駅で、今にも廃止になってしまいそうな印象ですがどっこいこちらは生き残っています。


キハ605 89.1.21 紀伊御坊

紀伊御坊駅にはキハ40000タイプの気動車がお休み中でした。
客用扉がバスのようなものがついているのが残念。

キハ603 89.1.21 御坊

この列車で御坊に戻ってきました。






 89.1.21 御坊

駅前では御坊南海バスというのが発着していました。
当時でもかなり古いタイプのバスがやってきました。

89.1.21 日方

そのあとは野上電鉄にちょっと立ち寄り。


モハ25 89.1.21 日方

このころは自由に車庫内見学ができました。
ちょうと朝のラッシュが終わって古い電車たちが入庫中でした。

89.1.21 海南

日方駅脇を走る紀勢本線の電車、この当時はこんな電車でした。
以上、31年前のスナップからでした。


2019年4月29日月曜日

京王委員会、解散!

一年強にわたって開催していた京王委員会、目標であったとれいん誌への京王2000製作記事掲載および、チームおやびんブランドでの京王パーツの発売ができたことで、先日めでたく解散しました。

19.4.25 明大前

やはり会場は京王沿線ということで、明大前。



乾杯いえい!




講師は2000形中間に挟む2550形もほぼ完成させて持参。



表紙を飾った面々が再集合です。



今回の目玉、プロカメラマン対決もこれにて大団円。




表紙撮影用に先行した車輌軍だけでも圧巻です。
これにこれから紙成塾の型紙から作られる各種の作品が加わるわけです。



改めて、講師作品をみます。



最後に委員会メンバーでの記念撮影にてつつがなく終了しました。
次に京王線が再集合するのはJAM会場ということになります。

2019年4月28日日曜日

おしらせ 鉄道車輌ガイド『京王帝都のグリーン車』、できました!

お知らせです。

何年も前からまとめたいと思いながらなかなか実現しなかった京王帝都のグリーン車の本がようやく完成しました!



こちらが、その本です。
京王帝都のグリーン車は学生時代に毎日利用をしていた電車です。
毎日乗るたびに異なった車輌がやって来るのに興味を持ち撮りためていました。
そして、数年前から何かしらの形でまとめたいと思っていました。
その一部は弊ブログでも公開しておりました。
https://tsurikakedensha.blogspot.com/2013/01/blog-post_18.html
https://tsurikakedensha.blogspot.com/2013/01/blog-post_3708.html

そして、それを書物化したいと数年前から企画は出していましたが、国鉄や他私鉄に比べて販売数の不安からなかなかOKが出ませんでしたが、今年はJAMのチームおやびん企画なども後押しして、ようやく実現できたものです。




これまでの紹介記事の多くは京王線と井の頭線のどちらかに重点を置いたものが多く、全体を見るのには複数の書物を見ないといけないことが多くありました。
今回の書物では京王線と井の頭線の車輌をどちらかに偏ることなく掲載して、同一時点で両線区の車輌がどのように変化していったのかがわかるような構成にしました。

掲載した車輌は大東急から分離以降を基準として、京王線は中型車以降の全形式、井の頭線は創業時からの全形式を網羅したつもりです。
あわせて、編成表や車歴表もなるべくモデラーに役立つ内容としました。

よろしければ、お手に取ってください!

2019年4月27日土曜日

蒲原鉄道 村松

蒲原鉄道は部分廃止でほんとうに短い路線になってしまいましたが、新潟交通とあわせて何度か訪問しました。

モハ61 81.9.6 村松

こちらは、初めて訪れたときの村松で見たモハ61です。
この当時は全線で営業中でした。

モハ61 81.9.6 村松

検修庫はウナギの寝床のように奥に長い建物でしたが、なんとも薄暗く作業性は良くなさそうでした。

87.9.26 村松

寒冷地らしく、車庫には大きな扉がついています。

81.9.6 村松

検修庫の脇には木造電車の廃車体が。
これがのちにちゃんとした電車の形に戻るとは夢にも思いませんでした。


97.8.16 村松

本線を五泉方向に見たところです。
左手が検修庫、線路の角度に合わせて徐々に奥行きが短くなっているのが面白いです。
きっと何回も延長を重ねたのでしょう。

81.9.6 村松

車庫の奥には使われなくなった木造の貨車もいました。
車番も既に読めませんでした。

モハ61 81.9.6 村松

詰所も独特な構造の物が建っていました。

2019年4月26日金曜日

鹿島鉄道

鹿島鉄道が廃止になったのが2007年3月末。
それから既に干支が一回りをしてしまいました。
ついこの間な気がするのですが、早いものです。

07.3.30 

キハ430形は入線時のオリジナルの大人しい塗装から、中盤は似つかわしくない今風の塗装になってからはとんとご無沙汰してしまいました。
ところが、晩年になって二種類の金太郎塗装になってからは再び訪問してみたくなりました。

通常は単行が多かったですが、廃止を前にしたこの日は仲良く手をつないで走っていました。
それならばと思って撮った霞ケ浦ばっくのシーンは自分の中で印象に残るカットとなりました。

2019年4月24日水曜日

ロンドン ビクトリア駅

昨年ウェールズに汽車を見に行きましたが、本日の画像はそれから遡ること35年前に訪れたロンドンの風景です。


84.2.20 Victoria
地下鉄の駅を地上に出たとたん、ロンドンらしい黒いタクシーが山のように走っていました。


84.2.20 Victoria

駅は非常に立派な造りのビクトリアの駅舎。



84.2.20 Victoria

駅構内の案内板も異国情緒たっぷりでした。

84.2.20 Victoria

そこにいる車輌もこれまで見たことのないようなスタイル。

84.2.20 Victoria
郊外電車もこの当時は扉の多い古いイギリススタイルのものがまだまだ活躍をしていました。

84.2.20 Victoria


84.2.20 Victoria

左に1両だけ止まっているのはクハニでしょうか?
余りよくわからないまま、市内観光に行ってしまいイギリスの鉄道の写真はこの程度しか残っていないのは残念なことであります。


2019年4月23日火曜日

気動車のある風景

気動車のある風景のスナップです。

87.5.4 十和田南
花輪線の十和田南駅です。
この駅はちょっと不思議なスイッチバック駅。
以前は十和田湖への観光の拠点として、ここから国鉄バスも出て賑わっていました。
駅構内も広々していました。

2019年4月21日日曜日

坂城にEF64を見に行く

坂城駅は今も貨物扱いをしている駅です。
その上、第三セクターになっているのにJRの貨物列車がやってくるのもユニークであります。
ここではEF64が活躍していた2005年の様子をまとめてみました。

05.11.19 坂城
駅構内です。
この雰囲気は今もあまり変わりません。

EF6420 05.11.19 坂城ー戸倉

午前中の早い時間に坂城に向かって貨物列車がやって来ます。


EF6420 05.11.19 坂城ー戸倉

EF64は新形直流期の中でも一番好きな機関車です。

EF6445 05.11.19 坂城ー戸倉

こちらはもう一本の貨物列車を坂城駅手前のトンネルで狙いました。


05.11.19 坂城
駅構内で並ぶEF64とスイッチャー。

EF6420 05.11.19 坂城

初期のEF64の構内入換を眺めます。

05.11.19 坂城

息子は電車の方が良いようです。

2019年4月20日土曜日

鶴見線のクモハ12

これまでも何回か掲載した鶴見線のクモハ12形ですが、撮ったまますっかり忘れていた画像が発見されたので、スキャンしてみました。

88.8.28 国道

写真は鶴見を出て東海道線をオーバークロスする鉄橋を渡るシーンを撮ったものです。
このような写真を撮ったのは、すっかり忘れていました。

88.8.28 国道

折しも東海道線下りの113系が通過中。

88.8.28 国道

クモハ12がのんびり走っていたおかげで、なんとかツーショットを撮ることが出来たようです。
今にして思えば、もっと撮っておけばよかったと悔やまれる、鶴見線のクモハ12形でした。

2019年4月19日金曜日

さよなら京急700形 回顧

京急の700形は登場時、窓が少なく小さいために夏は地獄のようだということから『走る棺桶』と揶揄されていました。

デハ740 05.11.25 港町

そんな700形が引退したのは2005年でした。
その時、さよならのマークを掲示して走っていた大師線に立ち寄ってみました。


デハ740 05.11.25 港町ー京急川崎

港町駅近くのSカーブで撮ります。

デハ1324 05.11.25 港町ー京急川崎

デハ1000形も同じ位置から。

デハ1305 05.11.25 港町ー京急川崎

この頃は1000形も元気でした。

デハ740 05.11.25 港町

次は港町でパチリ。
地下化構想で昔の風情がそのままのこされているこの付近。
地下化が白紙に戻ったこれから、どのように変化するのでしょう。


デハ739 05.11.25 港町ー京急川崎

あれから14年、京急最後の4扉電車がもうじき消えようとしています。