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2018年3月20日火曜日

山陽本線の115系

個人的な115系電車のイメージからすると、山陽区間に配置されるのにちょっと違和感がありましたが、意外と前から配置されていたようです。

クハ86003 岡山

80系が活躍していた時代から115系は活躍していました。

クハ115-150 77.12.19 広島運転所

広島運転所での115系電車。
115系以外の左右全ての電車が旧性能電車という時代でした。


91.3.24 三石ー吉永

こちらは一度は撮ってみたかった場所で捉えた115系電車。

90.11.15 和気

片上鉄道線を見に行った時に撮影した115系電車。

クハ115-335 14.3.10 岡山

こちらは、近年の末期色です。

14.5.3 脩大付属鈴峰前

広電と並走シーン。
あまり詳しくないのでわからないのですが、この辺りで今も走っているのでしょうか?

12 件のコメント:

maronefu さんのコメント...

ご無沙汰しております。227系が幅を利かせてますが、115系はまだ走っております。土休日には広島~岩国間に227系で快速列車が運転されるので、115系の走行機会が増えます。
ただ、227系2連の最終増備車が間もなく登場するので、そうなると殆ど見れなくなるのではないでしょうか。

chitetsu さんのコメント...

maronefuさん
ご無沙汰しております。
現地情報、ありがとうございます。
115系はまだ元気なのですね。
103系も含めて西の国鉄形電車もいよいよ先が見てて来た感じですね。

ヘボ職人 さんのコメント...

115系は岡山近辺しか知らない関西人な私です。^^;

原口 悟 さんのコメント...

広島運転所の115系0番台は、昭和51年の新潟ローカルの70系の半数を置き換えた「上越線仕様車」の再転出車がかなりの数入っています。広島への再転出に伴ってほぼ原形に復元されたため、「上越線仕様車」の形態は昭和51年から53年の短い間だけ存在したもので、以前この場にも紹介され、鉄道車両ガイドVol.23「クモニ83と仲間たち」P39下の写真の高崎駅でクモユニ74205と並んだクハ115は、助士席側タイフォンに斜めの輪切りのタイフォンカバーが付いた「上越線仕様車」の形態を伝える貴重な写真でもあります。

山陽本線が115系が主力になったのは、岡山方面で1000番台が入ったのは伯備線電化と山陰方面の運用を考慮したため、広島地区は「セノハチ」の存在が考慮されたためと考えられます。時代が遡って、山陽―九州間の急行が473系ではなく、475系になったのは「セノハチ」を下るのに抑速ブレーキが必須だったことによります。

山陽方面は最近の九州方面の出張で、新幹線の車窓から車両の動向を見ていますが、昨年の出張では、広島駅で見る電車が227系ばかりになっていました。実際、昨年の春のダイヤ改正で、115系3000番台が、「ひろしまCity電車」の名前の発祥の地の広島まで入らなくなるという変化が起きており、最近の下関方面の出張で、何度か下関駅で見ていた117系電車も撤退しています。
最近発表されたJR西日本の中期計画で、山陽方面の227系の投入を継続するように書かれており、また、和歌山線、桜井線の105系が227系で置き換えられることが公式に発表になったので、山陽に残る国鉄型の置き換えも意外と早いかもしれません。

ジモティー さんのコメント...

平坦シーサイド路線の山陽線には113系のイメージがありますが、
特に広島近辺に重点的に115系が配備されたのは、
瀬野八近辺の長い下り勾配に抑速ブレーキが好都合だったからと、
聞いたことがあります。
貧乏国鉄時代でしたから、高崎・東北線に211系は新製配備されたので、
従来通り山陽地区にお古を回されたと、僻んだ意見も聞いたことがありますが。

chitetsu さんのコメント...

ヘボ職人さん
東には良く来るけど、あまり西には逝かないんですね~!

chitetsu さんのコメント...

原口さん
山陽区間に115系というのは若干違和感がありますが、理由は様々ですね。
西日本の国鉄型各種、最後のメスが入ってきている感じでしょうか。

chitetsu さんのコメント...

ジモティーさん
最初に広島で115系見たときは意外な感じがしました。
皆さん書かれている瀬野八があったからなのでしょうか。
そうすると111系は?
そのあたりがちょっとわからないですね。

原口 悟 さんのコメント...

セノハチ越えは、昭和37年広島電化で151系と153系の優等列車が広島まで運転が延長された時のエピソードが有名ですが、MT46モーターで1M1TのMT比では、長い勾配走行で機器の温度が限度を超えて上がってしまうのが問題の原因でした。このため、モーターの負荷を下げるために補機が付き、151系の方はモーターをMT54に交換するまで、153系の方は43-10改正で6M4Tに減車されるまで続きました。

時代が下って111系の入線時ですが、50-3改正で登場した153系のローカル列車とともに当初は4M2Tの6両編成でした。いわばMT比を上げてパワーの分散を図る「強力」でセノハチ越えの解決を図ったことになります。その後、先日も触れた115系3000番台の投入で153系は引退し、111系も4両編成に短縮されたのですが、1M1Tになったため、セノハチには入らなくなった可能性が大です。

Hanaoka さんのコメント...

確かに抑速ブレーキのない111系や153系も、もっと遡れば80系もガンガン瀬野八越えてましたねー。
ところが70年代後半、瀬野八で153系がブレーキ故障を起こし、それ以降瀬野八運用は抑速ブレーキ付き車に限ったと聞いたことがあります。
111系も晩年は瀬野八に入ってないです。
真偽のほどは定かじゃないですが、なるほどと頷ける話でもあります

chitetsu さんのコメント...

原口さん
111系はMT比を上げて対応、なるほど納得です。80系は結構協力モーターだったのでなんとかなったのでしょうね。
Hanaokaさんのコメントで裏付けできた感じですね。

chitetsu さんのコメント...

Hanaokaさん
コメントありがとうございます。
そのようなトラブルがあったのですね。
115系が多いのも納得できるお話ですね。
それにしても、先日見た瀬野駅はあまりの変貌にビックリしました。EF 59がいた時以来だったので、当たり前ではありますが^_^