古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2013年4月12日金曜日

『新性能車』になりきれなかった西武601系


大手私鉄がどこでもユニット方式の新性能車を輩出した中、唯一吊り掛け電車を作り続けた西武鉄道にようやく誕生したカルダン駆動の『新性能車』が601系です。
その誕生は1962年と他社からは大きく水を開けられていました。
これは他の大手私鉄の大半が1954年頃から、あの国鉄でさえ1957年に101系が誕生していることを考えるといかに後塵を拝していたかがわかります。
それなら、満を持した新車かと言えば、さにあらず・・・
この601系、駆動方式こそ『新性能』ながら、旧型車と同じ自動空気ブレーキ装備で、クハに至ってはいつの時代のものか分からないようなTR11を履いており、おおよそ他社の車両と肩を並べられるようなものではありませんでした。
つまりは、大変中途半端な『新性能車』であったわけです。

クハ1614 80.3.27 石神井公園ー大泉学園

高架化前の石神井公園をゆく601系。
601系として走る末期の姿です。
写真後ろには吊り掛け式の551系4連が繋がっています。
自動空気ブレーキ装備のおかげで、低性能な反面赤電同士はどれでも繋げて、柔軟な運用ができたのはいかにも合理的な考えの西武らしい考え方でした。


クハ1614 81.2.17 富士見台ー石神井公園
雪の中を池袋を目指す601系準急。
画面後方に現在の練馬高野台駅があります。

クハ1237(左)、クハ1612(右)
 81.1.24 保谷
保谷でN101系と並ぶ601系。

クハ1610+クハ1611 81.1.24 保谷
601系同士の8連はありそうであまり無い、意外と珍しい組み合わせでした。
クハ1609 79.7.8 小手指
池袋方奇数向き制御車。
コロ軸になっているとはいえ、TR11を履いた姿はどう見ても新性能電車ではありません。

モハ609 79.7.8 小手指
モハ601奇数車。
台車はDT21そのものです。
このあたりは西武が開発したST式ドアエンジン装置と交換での国鉄と取引があったようですね。
モーターはMT54とほぼ同じスペックのもので、国鉄が開発したものの流用ながら、本来の開発用途の165系よりも早く601系が装備したそうです(このあたりの話はこちらに詳しいです⇒こちら)。

モハ610 79.7.8 小手指
モハ601偶数車。
パンタより車端側にもベンチレーターがあるのが西武流です。

クハ1610 79.7.8 小手指
飯能方偶数向き制御車。

クモハ556 79.3.4 小手指
こちらは間違い探しのような、吊り掛け車551系です。
こちらのほうが当然先輩ですが、台車やアルミハニカムドア等、どっちの方が近代的か訳がわからなくなります(台車は後年の改造ですが)。

その後、601系には転機が訪れます。
7編成28両という中途半端な存在だった601系は電動車と制御車で全く別の運命が待っていました。

モハ701-6 78.3.14 東長崎
中間の電動車は進化しました。
冷房化、HSC化改造で701系に編入されたモハ601。
これでようやく純然たる『新性能車』に昇格しました。
改造当初は赤電塗装でデビューしていますが、この期間は短いものでした。

モハ701-2 79.1.29 東長崎
その後、程なくしてイエロー一色に塗装が変更されました。
こちらはそれなりに活躍して天寿全うした感じです。

クハ1660 80.2.24 西武遊園地ー武蔵大和
制御車は退化しました。
中間電動車を取り上げられた制御車は、逆に純然たる『旧性能車』に降格されました。
老朽化したクハ55もどきのクハ1411形の代替に当てられました。
元々旧型車みたいなクハだったので、きっと改造は簡単だったでしょう。
こちらはそれほど長くは活躍せずに廃車となりました。

クハ1607 81.1.24 小手指
601系の一家離散は二回に大きく分けて行われました。
その後半改造グループは電動車は前半の一家離散時と同じようにちゃんと改造されてモハ全車が701系に仲間入りできましたが、制御車は結局使われることなく廃車になってしまいました。
写真は、中間車を抜かれて小手指で最期の時を待つクハ1601形です。

結局最後まで中途半端で浮かばれなかったのが、西武初の『新性能車』の末路でした。

6 件のコメント:

maru-ha さんのコメント...

601同志の連結シーンは初めて見ました。小生が居た新宿線は当時6両編成が主でしたから。

さて、601は地味な電車でしたね。デザイン的には、諸に湘南形の351・501と、西武定番スタイルとなった701・101の中間で、過渡期だったのかな。個人的にはサボ付時代が好きです。
そんな601が、消滅後ン十年後に鉄コレのシークレットに登場し、すごくビックリ!!(実はGETしてます)

12号線 さんのコメント...

後期グループの改造がもう少し早ければ、余ったクハの上毛行きも有り得たかもしれませんね。
後年、701系でも余剰クハ出ましたがこちらは電装化したのは周知の通り。けれど短命。
電装品は別途調達して冷房付車両売り出せば良いのに、と思った次第です。

更に感謝の鉄ヲ さんのコメント...



601が2連もしくは短編成化が可能だったら
地方私鉄に譲渡されていたかも知れませんね。
まさに何でもアリの西武を象徴する形式だと思います。

更なる特別講義有難うございます。





chitetsu さんのコメント...

maru-haどの
確かに4+4の601系は新宿線では見れなかったかもです。
sh-クレットのクハ1651、欲しかったです!

chitetsu さんのコメント...

12号線さん
後期グループ改造時には需要が変わってしまってクハは可哀想でした。
赤電自体が余り出していたので余計な改造してまで売り込もうとは思わなかったのでしょうね。

chitetsu さんのコメント...

鉄ヲさん
601系は設計思想からその後の転用までいかにも西武的な電車でしたね。
折角画像をスキャンしたので記事化しちゃいました。