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2017年7月30日日曜日

蒲原鉄道モハ11形、現役の頃




モハ11 93.7.17 村松城址公園


残念な姿で保存されているモハ11形をご紹介したついでに、現役時代の活躍シーンも併せてスキャンしましたので、まとめてみました。

モハ12 84.3.22 七谷

雪深い早春の七谷駅に進入するモハ12の加茂行き電車。
田舎電車の原風景のような車輛とシチュエーションでした。


モハ12 85.3.2 高松

こちらは、廃止が迫った1985年の3月。
雪深い高松駅にやってきたモハ12。

モハ12 81.9.6 七谷ー冬鳥越

こちらは逆に夏の七谷駅付近のモハ12です。
線路脇の砂利道と、電車を降りたお客さんの姿が印象的で、個人的にお気に入りの画像です。

モハ11車内 85.3.3

モハ12号はびっくり改造でワンマン車となったので、運用に組み込まれて走るシーンは見かけましたが、ワンマン改造をされなかったモハ11、51は晩年はほぼ出番はなかった模様でした。

そのモハ11が、加茂~村松間部分廃止時にその記念の列車で2輌編成で走るというので、115系電車の夜行電車で雪の蒲原を訪れた時のものです。
こちらはその編成に乗り合わせたときの画像で、直接制御車の2輌編成でしたので、当然総括制御はできません。
昔の汽車と同じく2両目にも運転手が載ってタイフォン合図にノッチオン・オフをしていました。
このような体験は私的にははじめて。
そして、これが空前絶後の体験ともなりました。

モハ11+モハ12 85.3.3 土倉

一面の雪原をゆっくりやってくるモハ11形の2輌編成は当時でも信じられないほど懐かしい風景でした。
ヘッドマークが無ければ猶更良いのですが、そこまで贅沢は申せません。

モハ11+モハ12 85.3.3 土倉

真横からとった時はシャッターを押す指が震えました(寒さじゃないですよ)。

モハ11+モハ12 85.3.3 土倉

土倉駅を出てゆく2輌編成のかわいい列車です。
このカットがかわいい電車が動く姿の見納めとなりました。


モハ51 85.3.3 村松

こちらは残雪の残る村松でのモハ51です。
現役とはいっても、実際にはほぼ出番はなかったものと思います。


モハ51 85.3.3  村松

モハ51のほうは、結局動く姿を拝むことなく廃車となってしまいました。

以下はウイキペディアからです。
『「加茂線」区間については、路線延長は蒲原鉄道線全体の約8割を占めるにも関わらず、利用者数は全体の約3割程度であったことから、同区間については鉄道線としての存続を断念し、バスへの転換が決定された。同区間と併行する国道290号の拡幅改良工事完了を機に、1985年(昭和60年)4月1日付で村松 - 加茂間 (17.7km) が廃止され、蒲原鉄道線は第一期開業区間に相当する五泉 - 村松間 (4.2km) のみに縮小された。』

このタイミングをもって愛すべき小型電車3輌も除籍されたのでした。

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