古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2021年9月20日月曜日

北関東の婆さん電車をもとめて

先日、北関東三県をまたいで東武鉄道の婆さん電車を見に行ってきました。

同行したCedarさんの記事はこちらですでにアップされています。

https://cedarben-vol2.blog.ss-blog.jp/2021-09-11-1


21.9.10 館林

最初に訪れたのは館林駅です。
駅舎は今風の橋上駅になっているのにも拘らず、旧駅舎がちゃんと残されている上に、ちゃんと機能しているのは嬉しいです。




ここで見たかったのは蒸気機関車が動いていた時代から存在する変電所。
妻面の上部にはしっかり社紋がありますね。



駅の浅草寄りには津覇車輌があるということ、Cedarさんから聞くまで知りませんでした。
津覇車両自体は東武鉄道の記事を読むと電車の改造所としてよく出てくるので知っていました。
この会社、京成電鉄と大栄車輌に近い関係であったようですが、失礼ながらてっきりもうなくなってしまった会社かと思っていました。



工場内部を敷地外からパチリ。
弄っているのは日比谷線御用済み車輛ばっかりのようでした。
この電車がこれから次々と婆さん電車や6050系を駆逐していくのでしょう。

さて、次は本命の婆さん電車と古い架線柱行脚です。

多々良~県


東武線もこの辺りに来ると古い設備が比較的多く残っています。
架線柱も電化開業時からのものと思われるものが健在です。
それでも順次新しい架線柱に建替えられてはいるようで、奇麗に並んでいる区間というのはそれほど多くはないようです。
そこで目を付けたのが、多々良と県の間のこの区間でした。
電⒮ン派が写っていなくても絵になる風景と思う人は少数派でしょうが、そう思います。



前パンの婆さん電車がやって来ました。
やはり電車というのは前パンが格好良いですね。



最近作った拙作とツーショット。
ちょっとこれは模型の記事ネタで遊んでみました。
詳しくは次号からのRMMで~。



農業用の通路と思われる小さな鉄橋も歴史を感じさせます。
でも、装飾とか飾りっけもない素気無いもの。
そのあたりも質実剛健な?東武を感じさせます。


いよいよ引退が始まった200系りょうもう号。

赤い復刻塗装が浅草方面に逃げていくのはキャッチしたのですが、そのままおねんねだったようで、この日キャッチすることはできませんでした。

続きます。


2021年9月18日土曜日

今年一番悲しかったこと。

コロナ禍で我慢の日々が続くなか、今年一番悲しかったことを記憶ではなく記録に残しておきたいと思います。




今年のとれいん6月号の表紙を飾った西武2000系。
この作者が先日7月27日にコロナ感染でお亡くなりになられました。。
御母堂の介護のこともあって、非常にコロナの感染対策には気を使っておられたので、まさかの出来事でした。
入院先の病院からのFBでコロナを甘く見てはいけないとご本人がメッセージを出されていたのも印象的でした。
でも、回復されて秋以降には元気な姿が見れると誰もが思っていました。




梅原さんはJAMでのペーパー作品の展示発表や模型誌での作品発表などでご存知の方は多いかと思います。模型の工作センスが尋常ではなく、まさに右脳で模型を作っているのではないかという唯一無二の作品だらけでありました。


例えばこの近鉄10100系。
ロコモデルのキットを改造して作ったそうですが、とてもそうは思えない代物で案の定、前面などは作り直したそうです。



こちらは完成することができなかった遺作・700系です。
ペーパースクラッチでこの造形を生み出すのは只者ではないです。
その上これは1:80なんです。

私も2002年のJAM会場で作品を拝見したのが初めてであったかと思います。
でも人見知りの私は、その後かなり長い間近くにいらっしゃっていても、あいさつ程度で会話をじっくりするようになったのは実は割と最近のことでありました。
そんな中での、西武電車についてのやり取りの一部です。


2000系出来たらお互いの西武作品を見せ合いっこをしようと話していましたが、叶わぬ話となってしまいました。


梅原さんのアドバイスをいただきながら製作していた西武2000系。

完成の暁には連結して遊びたいですね!などど話しておりましたが、結局お見せ出来なかった西武の電車がもうちょっとで完成のところまでできておりました。




訃報を聞いたのは亡くなってから一か月近くたってからのことでした。
テレビのニュースで今日の感染者・無くなった方の数が毎日発表されていますが、よもやその中の一人に入っていたとは。。
そして、その後納骨が済んだということで、私より親しいお付き合いをされていたお友達とご一緒に墓参りに行かせてもらうことにしました。



お墓は東青梅駅に近いお寺にありました。



静かな里山の麓に建つその菩提寺。
お参りをしても、そこにご本人が入っているとは墓石に名前が書かれていてもとても実感が沸かず、何とも不思議な気持ちになりました。



その後、本人が退院したら是非行きたいと言っていた蕎麦屋さんに向かうことに。
入院される一か月前に来ていたようです。



この画像に載っていたのと同じものを頂くことにしました。



若き日の梅原さんとご本人作のロコモデル改造の格好良い流電。

梅原さんは私と学年は違うものの同じ還暦の年齢。
還暦祝いをすることなくこの世を去られてしまいました。
無念なことです。
合掌。



2021年9月17日金曜日

電車は、やっぱり強い。

四半世紀前の話ですので、もう時効かと思いますのでちょっとシュールな思い出話をひとつ。

1998年に名鉄電車美濃町線の末端区間もいよいよ怪しいということで撮影に行きました。

あいにくの雨の中、電車を待っている時に、何と!目の前で電車と乗用車がドカン!とぶつかる現場を見てしまいました。

98.10.17 関ー下有知

ありゃ~という感じで意外と軽い音で乗用車は田んぼに落下。
当然ながら乗用車の確認不足による飛び出しが原因の事故でした。



ぶつかってしまった電車の前に行ってみると、車はフロント部分が斜めにひしゃげてしまっているものの、電車はバンパー付近に車の塗料がちょっとついただけで全然凹んでいません。
これはびっくりしました。
やはり、電車は頑丈にできているのですね!



お客さんを乗せたまま現場に停車中の電車。

美濃

でも、それほどしないうちに運行再開。

美濃ー松森

その後も何事も無かったかのように走っていました。

電車って、強いですね。


2021年9月15日水曜日

交野線で見た京阪1700,1800形

昇圧前の京阪電車は懐かしい旧型電車が多く活躍していました。
その中でも最もローカルな線区で、旧型車の賀状だったのが交野線でしょう。

1809 81.2.24 私市

最近は鉄道模型のイベントで定期的に訪れる私市。
1800形と1700形の4連が発車待ちをしていました。

1809 81.2.24 河内森ー私市

私市から少し戻った場所からは、このような風景が見られました。
複線化された現在も、当時の片鱗が残っています。

1803 81.2.24 中書島

こちらは交野線ではありませんが、1800形。

1702 81.2.24 

1300形と交換する1700形。
1700形までの京阪電車は大きな前照灯が屋根にどっしりと鎮座していて、精悍な印象を自分は受けました。

1702 81.2.24 河内森ー私市

こちらは1700形だけの4両編成。中央に扉が付いたものの特急時代を彷彿とさせる凛々しい雰囲気が残っていました。


1756 81.2.24 河内森ー私市

1700形だけの4両編成がのんびりと私市を目指します。



2021年9月13日月曜日

秋葉原今昔

 変化の激しい街・秋葉原の昔の写真が出てきましたので、今昔写真を並べてみました。



写真は1970年ごろの秋葉原・中央通りを神田側から上野方面を見たものです。


18.10.19

こちらは最近のほぼ同じ場所から見た風景です。


こちらは同じ場所から万世橋越しに反対側を見たところです。


変わらないもの、変わってゆくものが混在した秋葉原の風景でした。

2021年9月11日土曜日

2021年のとでん

とでん、こと土佐電気鉄道は魅力的なトラムです。

何が魅力的かというとそのインタアーバン的な路線が今も全線維持されており、両端区間は昭和な香り満載な鉄道風景が今なお展開していること、そしてそこに懐かしい電車が走っていることです。

とさでん交通になって塗装の変更も進んでいるので、今年様子を見に出かけてきました。

21.4.27 後免町

高知竜馬空港からとでん後免町駅は距離的には近いのですが、公共交通機関では行けないというのも残念。空港バスはみんな御免の町はスルーして高知市内に直通してしまいます。さらに路線バスさえもほぼ皆無状態。
仕方ないので、タクシーで後免町に向かうのにも慣れてきました。
到着した後免町駅には駅舎は無く、コンビニが駅舎代わりに。
そのためか、コンビニが電車テイストになっています。


後免町界隈も魅力的ですが、今回はそこはパスして早速電車で移動します。

小篭通ー長崎

向かった先は後免町の家並が切れて田んぼが広がる場所です。
複線の路面電車と広々とした田んぼの組み合わせは全国探しても意外と無いのではないかと思います。


長崎

とでんの魅力はこの軌道敷にもあります。
一応道路とは別れた専用軌道ではあるものの、その境い目は実にファジー。

長崎ー明見橋

道路とだけでなく、民有地との境目もファジー。



この雰囲気、堪りません!


そんな昭和な軌道の向こうから昭和な電車がやって来ました。


これも、堪りません!
新塗装なのが残念ですが、一時間待って旧塗装は来ませんでしたので、これで良しとします。
本当はここで200形を撮りたかったのですが、どんな運用になっているのかわからないのでやむをえません。

明見橋


皮肉なことに、場所を変えた途端に旧塗装の電車がやって来ました。
まあ、こんなもんですね~。



とでんのこの区間は後免町方向に向かう線路にはホームがありません。
道路にただ安全地帯だよ、という線が書かれているだけで、とても安全に電車を待てない状況なのは昔から変わりません。
電車を降りたお客さんは車と電車に気を付けないと怖い目に遭います。

グランド通

本当はこの電車を最初の場所付近で撮りたかったですが一向にやって来ず、諦めて市内に向かったころごめんゆきでやって来ました。

タイミングが合わず、残念でした。

これはまたリベンジせねば。

2021年9月9日木曜日

RhBのミニクロコダイルの想い出

最近は自宅にいることが多くなり、ついついヤフオクを見てしまいます。

同じような傾向の方は多いようで、全体に以前よりも落札相場が高騰している気がします。それでも、ついつい見てしまうし、見ちゃうとポチっとしたくなるのは人情~。



そんなこんなで落札した模型が到着しました。
この出品者の方はこんなメッセージを貼って送ってきました。こういうのは初めての経験ですが、ちょっと嬉しいですね。
走らせて遊んでいた方だそうで、元箱とかは一切ないということでプチプチにくるまれての着弾です。私は箱とかあまり気にしないのですが一般的には嫌がる人が多いようで、おかげさまでなのか、この機関車の通常落札相場より10K円程度安かったのは個人的には嬉しかったです。

そして、中に入っていたのはスイスのメーターゲージ・RhBのミニクロコダイルです。


2両買ったの?

いえいえ、違います。

実はこの機関車、片方は37年前の卒業旅行の時にフランクフルトの模型屋さんでお土産で買ってあったのです。

BEMOのメータゲージ模型は最近はどうかわかりませんが12mm(HOm)と9mm(HOe)の二種類が売られていました。

汎用性を考えての設定であったのだと思います。スケール面では12mmが良いのですが、当時は12mmの線路の入手方法が分からなかったので、9mmバージョン(HOe)の方を買ってしまったのです。

84.2.27 Frankfurt

これがお恥ずかし画像ですが、フランクフルトの模型屋さんで買った時の記念写真です。

手に持っているのはそのBEMOのRhB・ミニクロコダイルです。二代目店主なのでしょうか、若夫婦がお店をやっていました。在庫量も凄いですね。

いやはや恥ずかしくも懐かしい写真ですが、思い切って記念写真撮らせてもらって良かったです。

415 84.2.29 Chur

本来なら順番が逆ですが、おみやげ買った二日後に実車に初対面しました。
当時はこの古典機関車がまだまだ現役バリバリで、この日の数時間の間にも何機もが運用に就いていました。



私としては珍しく、自画像記念写真撮っています。
それでけ嬉しかった、ということであります。

415 90.10.26 Bergun

Churで出会ったこの415号機にはその6年後にも再会しています。
この時はもう動いていないと思っていたので、いきなりやってきたミニクロコに感動しました。



箱は要らない~とか言いながら、やっぱり欲しくなって自前でおみやげ購入したほうの箱を分解してコピー、新たに箱を新調してしまいました。
コピーの限界か、色合いが違いますが個人的には十分満足。
これからミニクロコは2機体制で活躍してもらうこととなりました。