この数か月の間に世代交代は進み、既に70系の天下になっていました。
クハ76090(左)、クハ76314(右) 77.12.20 備後本庄 |
70系電車になったことで全て4連での運用を余儀なくされ、以前のような柔軟な運用を組むことはできなくなりました。
クハ76309 77.12.20 府中 |
どこjかこの路線には不似合いな気がしました。
クハ76307 77.12.20 府中 |
クハ76083 77.12.20 府中 |
モハ70317 79.3.19 府中 |
クハ76312 79.3.19 神辺ー横尾 |
更に二年後に4度目の訪問をしています。
この時は府中までは行かず、神辺までの区間で走行シーンを撮っています。
こちらは、神辺付近を走る70系電車。
クハ76309 79.3.19 横尾ー神辺 |
沿線では一番変化のある区間です。
79.3.19 横尾ー備後本庄 |
79.3.19 横尾ー備後本庄 |
クハ76309 79.3.19 横尾ー備後本庄 |
私のバイブル、ピクトリアルの表紙の場所にも行ってみました。
フォトジェニックだと思った踏切は閉鎖され、架線柱も変わっています。
福塩線を訪れたのはこれが最後。
その後の様子は知りません。
2 件のコメント:
105系投入で2連運用が復活したことから、初めから70系は短期間のつなぎだったのでしょうか。
70年台後半になり地方にも新性能電車が直接投入されると、2連の組めない70系と80系は急速に姿を消しました。
飯田線の80系と福塩線の70系が1M方式車登場まで残ったのは、製造後20年程度だった全金車の廃車が難しかったが一因かもしれません。
三等急電さん
福塩線の70系や呉線の山スカなどはつなぎ役であったのでしょうね。
どちらも活躍期間は短かったです。
全金の旧型国電は薄命だったですね。
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