2012年9月7日金曜日

お恥ずかし画像から 信越線の高崎ー横川ローカル電車

昨日の横軽の思い出ついでに、今回は横川までやって来ていた旧型国電のお恥ずかし画像です。
信越線の高崎から横川間は戦前型電車が区間運転に充当されていました。
充当されていた電車は新前橋区配置で、同所配置の他の吾妻線等に充当される同じ戦前型国電とは原則区別された専用車両になっていました。
この時見た電車三両はそれぞれ少数派国電ばかりで、国電好きには琴線に触れる出会いでありました。

クモハ40044 74.9.26 高崎
スカ塗り、平妻のクモハ40です。平妻クモハ40は二つのグループに分かれており、こちらは後期グループに当たります。クモハ40形はその多くが片運若しくは中間電動車に改造されてしまい、このグループでそのままクモハ40で残っていたのは4両しかありませんでした。
4両は宇都宮・青梅・大垣そして新前橋と全国に散らばっていました。そのうちの一両がこの044号です。
どちらにしてもスカ塗りの平妻クモハ40の姿は新鮮でした。
背景の駅舎は先代の洋風駅舎が残っています。

クハニ67902 74.9.26 高崎
編成反対側は恥ずかしながらライトの切れたクハニ67。
クハ55を改造したクハニ67900番代は6両あって、三両がトイレ付きで飯田線に(⇒もう一両の飯田線クモハ50)、残り3両がトイレなしで、そのうちの一両は早くに廃車されてしまって残っていたのはここ信越ローカル用の2両だけでした。

モハ30003ほか 74.9.26 高崎
もっとお恥ずかし画像の中間のモハ30。
最初から中間車だったような整った姿ですが、元を正せば手前のクモハ40と同じ両運車でした。
この形式も全部で6両しかなく、ここと片町線でしか見れない珍車でした。

10 件のコメント:

  1. 母の実家が群馬八幡駅前にあり、正にこの編成に何回も乗りました。模型化しようと資料を探してこの写真に出会いました。本当に嬉しくありがとうございました。

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  2. 銀河プロさま
    コメント頂き、ありがとうございます。
    こんなド下手写真で喜んでいただけて、嬉しい限りです。
    この編成、大好きで私も模型化しました。

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  3. 模型の記事も拝見しました。素晴らしい!当時が思い出されます。ところで、よろしかったら教えていただけませんか?
    横川-高崎の行先板はどのように製作されたのでしょうか?

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  4. 銀河プロさん
    コメントいただき、ありがとうございます!
    お問い合わせのサボはこのKATO41系を改造する競作をした友人が作ったものを譲り受けたものです。
    友人は実寸の5~10倍ぐらいの大きさで(正確には忘れてしまいましたが)手書きした原稿に縮小コピーをかけて作ったとのことです。

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  5. 恐れ入りました。行先板をそのような情熱で制作されたとは・・・
    私には到底できることではないので、その後パソコンでそれらしいものを作りました。WindowsのFC丸ゴシック体-Bなるフォントがそれらしく、かつ旧字も表示できたので、これで誤魔化すことにします。
    (プロフィール写真がそうです)
    KATOの40系も何とか手に入れたので、これから改造に取り掛かります。平妻のクモハ40が出てほしいですね。いろいろありがとうございました。

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  6. 銀河プロさん
    作られたさぼ、いい感じですね。
    独特の間の抜けた字体の雰囲気がよく出ていますね。
    KATOの41系、現在中古でも商品薄で高いものしかありませんから、入手が厳しくなっていますね。
    改良再生産して欲しいところですが厳しそうですね。

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  7. こんばんは。
    高崎駅の昔のお写真、大変楽しく拝見致しました。
    旧型国電が走っていた時代、この駅には、信越本線、上越線、両毛線それぞれの列車が発着し、吊り掛け電車の音が響き渡っていたのではないかと思います。
    今でも115系が活躍する最後の拠点になりそうな高崎のエリアですが、あと何年かすれば走る列車も様変わりしてしまうのではないかと思います。
    旧型国電は、1両1両の来歴が複雑で、その分小さな改造やデザインの変化もあり、見ていて飽きる事はなかったのではないでしょうか。
    すでに見ることのできない車両たちが、本当に会ってみたい憧れの存在となります。
    今後とも、宜しくお願い致します。
    風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

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  8. 風旅記さん
    高崎は各方面に様々な電車が出ていて活気がありますね。
    先日久し振りに行きましたが、今も結構ひっきりなしに電車が出入りしていて旧形国電が元気だったころのことを
    思い出しました。
    旧形国電は現在の電車のように大量に製造されていなかった分、用途に合わせての変化が多かったのでしょうね。

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  9. 時間がたったスレッドへのコメントですみませんが、画像のクモハ40044は、その昔小田急線に入線し、FS-201台車(名鉄から借用?の試作直角カルダン台車)やDT17台車のテストをした車輌です。
    いろいろ調べたところ、クモハ40をわざわざ小田急に入線させてのテストは、37キロレールでの試験ということだったようですが、他にクモハ40030(1958年頃なので、当時の記号は当然「モハ」)で東武5720系用のKS-105の試験も行われたと記録されています。鉄道ピクトリアルの286号(古っ)には、この40044号がDT17やKH-1を付けている画像などが載っています。カルダン・クイル駆動のモハ40。いずれも小田急経堂工場を基地として試験されました。
    その時代の同車を作りたいのですがねー。適当なタネ車が見つかりませんね。カトーから平妻の車輌をどうやって作るか…。悩みますね(時間も足りないが(笑))。試しにクモハ40030にFS-201もどきを履かせたものをジャンクの模型から作りましたが、あとで調べたら、FS-201は40044が装着しておりましたとさ(笑)。
    失礼いたします。

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  10. すぎたまさん
    クモハ40は両運だったせいか試験にも結構使われていますね。
    40030に新形台車履いた画像、先日見ました。
    どんな音して走ったのか、聞いてみたかったものですね。

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