2012年8月28日火曜日

一番身近だったロクサン、東武東上線の73・78系電車

小学生時代から西武池袋線と東武東上線の間で育ったので、利用することは稀だったものの自転車で電車を見に行ける距離にある東上線もそれなりに身近な存在でした。

クハ325 79.2.26 池袋
池袋駅にて、サボを入れ替える車掌さん。
4番線は未だ赤羽線時代の折り返し電車ホームでした。
何かの折にこのホームにはよく降りましたので、この風景はすごく当たり前の風景でした。
グロベンとDT13系台車を履く7300系は直系ロクサンの末裔です。
独特のベージュとオレンジのツートンカラーからクリーム系一色に変更になったときは、下塗りか?
いつ帯が入るのか?と思ったものです。
屋根が制輪子の粉で茶色くなっていたので、クリームの車体との組み合わせは誰ともなく「カステラ電車」と呼ばれるようになっていました。

モハ7848 79.1.17 下赤塚ー東武練馬
直線距離で一番近かったのは下赤塚でした。
自転車で何回か電車を見に行ったことがあります。
駅を出て池袋へ向かう前パンタのモハ7800。
この頃は7300系または7800系4連+7800系2連の6連が基本でした。
8000系も6連でした。
今は全て急行も普通も10連になっているのも隔世の感があります。


モハ7885 79.1.17 下赤塚ー東武練馬
こちらは後パンタのモハ7800。
後期車ですね。

東武の7800系は周辺がカルダン車全盛の1961年まで製造が続けられ、大所帯となりました。
向こうからやって来る東武顔の8000系はその78系を抜いて「私鉄の103系」とまで言われる大所帯になりましたが、この顔の電車もついに動態保存車のみとなってしまいました。
時の流れは早いものです。
この頃の冬の深夜はよく音が通り、風向きによっては遠くこの電車が唸りを立てて走行する音が聞こえました。

ED5014 79.1.17 下赤塚ー東武練馬
東上線も当時は貨物列車が下板橋までやって来ており、日に何回かこんな風に貨物列車もやってきました。

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