2012年7月16日月曜日

三井三池鉄道再訪

出張業務終了後、客先事務所目の前を通過する博多祇園山笠を見てきました。

12.7.13 中洲川端

 15日早朝の最終日は真夜中2時過ぎに追い山を見るのに臨時電車が出て凄い熱気なのは以前友人宅に泊まって見せて貰ったので、 今回は軽く30分程度のちら見で西鉄天神を目指しました。
 天神からの特急電車は当然クロスシート車が来ると思いきや、3扉ロングシート車でちょっとガックリ。途中二日市で渋い車庫の様子を見ようかと思ったらびっくり、車庫は跡形もありませんでした。
ということで、二日市下車は中止して、折角なので柳川で途中下車しました。

ク5530 12.7.13 西鉄柳川

 折からの豪雨でダイヤが大幅に乱れていたので、電車がなかなかやってきません。
二、三本の列車が団子でやって来たのを見た後、早目に大牟田を目指すこととしました。
車窓から見る途中の渡る川の雰囲気が芳しくなく、翌日に不安を残しての大牟田到着です。
 宿泊先のテレビのニュースは豪雨の報道をしており、翌日に不安感が募り出しました。
夜の窓を叩きつける雨音に目を覚ましながら、翌朝を迎えました。

三井三池の専用鉄道は81年の春に鉄研仲間で訪問して以来の再訪になります。
当時は頻繁に走っていたこの鉄道も、鉱山閉山に合わせてその殆どが廃止されましたが、現在もその一部が細々ながら運転を続けているのは有名です。
以前の訪問時は原万田付近だけの訪問で次の熊本を目指していますので、見ていないところだらけなので、一度は再訪しなければと思っていたところでした。
というわけで、宿泊先も新栄町の専用線がすぐ脇を走るところを予約しました。そして翌朝ホテルの目の前の国道を渡る貨物列車を撮るのが目的での訪問ですが、この天候の様子では明日動くかどうか怪しい雰囲気です。
取り敢えず、翌朝今時珍しい踏切警守の居る第1種踏切で、その警守さんに時刻を確認したところ8:30前後とその一時間後にJRの運転状況次第ながらもう一往復あるとのことでした。

18号機 12.7.14 旭町ー宮浦

国道を横切る旭町の踏切で待つこと暫し、電車のようなタイフォンを鳴らして貨物列車がやって来ました。

18号機 12.7.14 旭町ー宮浦

 上の写真を振り返って撮ったカットです。
踏切警手小屋が良い雰囲気です。

警手小屋 12.7.14 旭町ー宮浦

踏切警手小屋のアップです。
全国で見ても希少な存在となっている、第1種踏切です。

18号機 12.7.14 旭町ー宮浦

単機回送を近くの歩道橋から宮浦側を見て撮りました。
右手の築堤は三池浜に向かう廃線跡です。
正面左手が三井東圧化学の工場群です。
先ほどの踏切警手さんに聞いたら、JR鹿児島線は運転見合わせ!!になったとのこと。
当然9時の一往復はウヤですが、その前に自分自身の今後の交通手段ほうが気になってきました。
宮浦構内 12.7.14 宮浦

単機回送後に宮浦の構内を見にゆきました。 構内は往時を彷彿とさせる広い構内が残されておりましたが、閑散とした構内はかえって寂しさを感じさせます。
デー3+11号機 12.7.14 宮浦
工場内に入る機関車は火気厳禁のため蓄電池を積んだ電源車を引き連れて走ります。
機関車がパンタを上げているので、きっと充電中なのでしょう。
後ろに写っている宮浦の駅舎も味のあるものです。
右手に移っている煉瓦造りの煙突は産業遺産に登録されているもので、たもとには鉱車も保存されているとのことです。

11号機 12.7.14 宮浦
実に良い格好の機関車です。
11号機はジーメンスのオリジナル車の国産コピー機に当たります。
明るい青色に塗装されたパンタグラフも違和感がありません。

ここまで撮ったところでこの先の交通状況がどうにも心配で、予定していた廃線跡探訪は中止して大牟田駅に向かいました。
案の定、JRも西鉄も運転見合わせ、聞いたところでは筑後船小屋駅が冠水したとのこと。
万事休すです。
駅員さんの話では新幹線は動いているとのこと。
周りで同じように困っている方と声を掛け合ってタクシー相乗りで新幹線新大牟田駅を目指しました。
新大牟田駅に着いてみると、タクシー到着直前に博多行き新幹線は出たばっかりで、次は一時間後とのこと。
このまま無事に一時間が過ぎることを祈るばかりですが、雨は降り止まず結局新幹線にも抑止がかかってしまいました。
待つこと数時間、駅の外では生まれて初めて経験するような激しい雨が降ったり止んだりでした。
不安は更に募ります。
結局約3時間後に運転再開の運びとなり無事に帰れましたが、途中の車窓から見た冠水した街の風景が心に刺さりました。

被害に遭われた方々にお悔やみを申し上げますと共に、本当に一期一会ながら同じ時間をどうするか一緒に行動した方とは最後に笑顔で別れたり、現地の方に温かいアドバイスもいただいたことに感謝する旅となりました。


2 件のコメント:

  1. maru-ha2012年7月19日 22:24

    あの豪雨にもかかわず、鉄チャンとはビックリです。それ以上に大牟田で産業鉄道が動いていたとは。。
    とにかく無事の帰還なによりです。

    三井三池と言えば、63型の電装をはずしEL+客車2両という、KATOのポケットラインみたいな編成が動いてましたね。部外者は乗せてもらえなかったのですが、車掌も乗っていたのを思いだします。
    確かアルファベットの「C」型の路線でしたが、客車も含めてほとんどが廃止されたと聞いていましたので、いまだに凸型ロコが頑張ってるのはうれしい限りです。

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  2. 今回の三井三池訪問は出張の役得を活用しようとしたずるい胸算用にばっちりバチが当たったような結果となりました。それにしても酷い豪雨で、私もこれまでに経験をしたことのない降り方でした。
    三井三池といえばやはりロクサン形タイプの客車の列車ですね。こちらも記事作成中で、近日ご紹介しようと思ってます。

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