2013年6月19日水曜日

模型に生きる仙石線電車(2)・・・大きいのもあります

73系電車が転入するまでの仙石線は鶴見線同様、17メートル車の天下でした。
車種もバリエーションに富み、旧30、31、50系の各系列が在籍していました。
17メートル車時代は73系時代以上に独自の改造が多く、独自性の強い電車たちが多くいました。
しかしながら、その時代の写真や資料は少なく、数少ない資料から一部は想像を交えて模型化しなければならない部分も多々ありました。

クモハ12010 1位側 02.10完成
クモハ12010は旧31系改造の両運転台改造車です。
盛岡工場で更新された車両には標準の更新内容とは異なった工事をされた車両が多くいました。
これは西の幡生工場にも言えるところがあり、やはり本社から遠いと指示が行き届かなかったのでしょうか?
こちらの車両も運行窓の新設工事はなされておらず、その為正面雨樋は直線のままです。
結果的には原型に近い姿を後年まで留めました。


クモハ12010 4位側 02.10完成
クモハ12010、増設運転台側。
パンタ側に似た外観に仕上がっていました。
モデルではカツミのモハ30のダブルルーフ屋根を全て捨てて、側面の窓の高さを下げる加工をして、31系化、そして実物通り両運転台改造を施しました。

クモハ11460 09.8完成
元モハ50のクモハ11460。
貫通幌+助手席側に取り付けられたサボ受けなどの改造がなされており、ローカル色満載です。
貫通扉はどうも淡緑色に塗られていたものが殆どであったようですが、好みでベージュ色にしています。

クハ16403 09.8完成
元クハ65の400番代です。
クハ16400番代には片隅運転台の初期車と全室運転台の後期車に大きくは分類できます。
この16403号は初期車の片隅運転台タイプな上に、本来更新ではグロベン化されるべきベンチレーターが何故か唯一ガラベンを存置+同じく埋込み化されるべきテールライトが骸骨テールライトを残した異端車でした。

クハニ19000 02.10完成
こちらは元モハ30改造、クハ16200番代改造、クハニ19です。

これら17メートル車は最晩年は気動車色に塗られて、最大5両編成で頑張っていました。
年代にして1965年前後のことで、随分と昔の話です。

2 件のコメント:

  1. chitetsuさん、こんばんは。
    仙石線は17m車の宝庫と言われてましたね。
    昭和38年以降、非貫通車の多くが合理化の一環で、
    貫通化改造されたらしいですが、
    その姿はどんなもんだったんでしょうか?


    運転窓がHゴムのクハニ19000を製作してるなら、
    同じ運転窓がHゴムのクモハ11227も欲しくなりませんか?

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  2. マシュさん
    こんばんは。
    仙石線の17M車、貫通扉を埋めたり開けたり改造が猫の目のように変わりました。
    荷物室で塞がれているはずのクハニ19にも貫通扉をつけたりしていて、良く解りませんでした。
    一部の改造車はその後配給電車や救援車として生き残り、その特異な改造の痕跡を見ることができました。

    仙石線は作りたい題材が多く、4両に絞るのが大変でした。

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