古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

Wednesday, May 26, 2021

44年ぶりの養老線・室駅。

前回の続きです。

行きがけの駄賃、養老鉄道のラビットカー塗装に会いに大垣まで来ました。

21.5.21 大垣

さて、大垣駅に着きました。

以前は自由に行けた養老線ホームとの間には自動改札機が。その手前の貨車が並んでいた線路は木まで生えていました。


77.12.17 大垣

こちらは、44年前の揖斐線ホームです。

大垣夜行から降りた大垣駅は、この時も何故か雨の日でした。


一旦JRの改札を出て、外から養老鉄道線のホームへ。
そうしたら、何と京急カラーとラビットカーが並んでいました!
これは今回の鉄運を使い果たしたかと思われるラッキーです。


幌がないのが残念ですが、見れたのは嬉しい出来事です。

揖斐線の折り返し運用に入っていましたので、広々としたところで撮りたいのですが、当日は荒れ模様だったのと、次の予定を考えて室駅付近で撮ることにしました。

西大垣


でもこの電車に乗るのでは能が無いので、ちょっと西大垣駅を覗いてから行くことにして、京急カラーに乗ります。
西大垣駅ではTQ車と交換。
池上線を彷彿とさせる塗装変更をしていない編成でした。


駅舎は近鉄時代のままでした。


ここからは徒歩で室駅へ。

小さな駅舎がありました。以前もこんな感じの駅舎だった気がしますがよく覚えていません。


室駅を発車しようとするラビットカーの後ろ姿です。





同じ位置から撮った1977年の画像です。
ここに来たのは1977年以来、なんと44年ぶりです。この時の養老線は線名の通り(!)近鉄の古豪電車の牙城でした。

大垣電車区

何故この駅に降り立ったかというと、大垣電車区に訪問するために最寄り駅として利用したためで、当時は近鉄の古い電車にはさほど興味が無かった時代でした。



時は流れて、今回は近鉄電車のお古が目的の訪問とは皮肉なものです。
室駅駅前の踏切から撮ったお目当てのラビットカー塗装です。



初訪問の時撮った近鉄電車はわずかに3カットでした。
こちらがそのラストカットで、室駅脇をゆく養老線側の電車です。
こちらは建物が建て込んで、似たようなアングルでは撮れませんでした。


仕方なく、踏切の反対側のカットです。

ちょうど線路が二手に分かれるところですね。


これを撮ったら揖斐線の電車が一時間無かったので、散歩しながら大垣駅に戻りました。

6 comments:

モハメイドペーパー said...

 行きがけの駄賃が養老鉄道、本命は近鉄南大阪線、ということなのでしょうか。

Cedar said...

近鉄揖斐線は間違いなく乗ってるのに全く記憶が無い、という唯一の線区です、近鉄揖斐から名鉄元揖斐までバスで移動したのはしっかり記憶してるんですが~大垣夜行でついたその足だったので寝ぼけてたのか~なんだかミステリー。

chitetsu said...

Cedarさん
私も実は出張帰りの雨の日に桑名から揖斐まで特急おさがりの電車で全線乗っているのですが、寒い雨の日で窓ガラスは曇っているし、疲れたしで殆どうたた寝で殆ど記憶がないんです。。

chitetsu said...

モハメイドペーパーさん
本命は、ちゃんとお仕事です(笑)。
南大阪線は今回の目的外でした。

通りすがりの64 said...

80系の写真に萌え~です。153と言い165と言い、いい時代でした。

chitetsu said...

通りすがりの64さん
この当時の大垣の電車区は80,111,153,155等々様々な電車がいてよかったですね。
でも、当時は国鉄の旧性能車命だったので、そんな三桁形式国電は一枚も撮っていないのでした。