犬山橋は鉄道線・それも大手民鉄では非常に珍しい道路併用区間でした。
みんな知ってる犬山橋、私も一応行っておりました。
本日はその時の画像からピックアップです。
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85.8.31 新鵜沼ー犬山遊園 |
まずやって来たのは3850系の新岐阜ゆき。
この場所ではパノラマカーも一応撮影をしていました。
ご自慢の『どけよホーン』を鳴らしながら車体を左右に揺らしながらゆっくりとやって来ます。
当時の上飯田はなんとも中途半端なターミナルでした。
なので、運用されるお電車も中途半端な吊り掛け電車~。。。
今でも走っていそうな気がする電車ですが、こちらは意外と早くに引退していますね。
9 comments:
パノラマカーの先頭座席に乗車して
犬山橋を渡るのは素敵な体験でした。
一方、車で橋を渡っている時に
電車と遭遇すると恐怖でしたね(笑)。
にぶろくさん
確かにパノラマカーから見る個々の景色は楽しそうですね。
車から見ると狭い橋上であれが来るとプレッシャーだったと思います。
犬山橋だ!懐かしいですね。初めて行った時にいきなりEL牽引の貨物がやってきて痺れました。
先ほどの匿名はアタシです。
名鉄犬山の木曽川の併用橋は、2度電車に乗って渡ったことがあり、最初は30年ほど前、飛騨方面への道中での寄り道。「新名古屋」から名鉄で犬山遊園駅で降り、川沿いの道を歩いて犬山城の天守閣に登り、遊園駅に戻って次の新鵜沼まで乗り、JRで高山に向かっています。それから6年ほど後、以前にも書き込んでいた800型のお別れ運転の時に、行きは犬山駅から電車で新鵜沼へ、帰りに橋を歩いて渡って遊園駅まで戻ってきた記憶があります。
道路橋ができてそれまでの橋が鉄道専用になっていた、今から11年前に三たび犬山城を訪れた時、その新しい道路橋を夕暮れ時に歩いて渡り、橋の上から見た、犬山城越しに三日月が綺麗に輝いていた幻想的な光景が今も印象に残っていますが、道路橋の新設で駅の西側に立ち並んでいた土産物屋が軒並み立ち退きで姿を消し、既にかなりさびれた様子に見えました。その後、モノレールも消え、遊園地へのアクセスも犬山駅からのバスにとって代わられると、遊園駅の斜陽化はますます顕著になり、今では遊園駅とは名ばかり、普段は無人になって、それなのになぜか特急だけは律儀に停車を続けているのが不思議で、その面では、遊園地がなくなっても都心への通勤通学駅としてまだまだ機能している小田急向ヶ丘遊園駅とは好対照、といった感じでしょうか。
木曽川の橋の北側、岐阜県側の袂には、こちらも昔の城跡という小高い山があり、頂上に料亭風の旅館の建物があったのを覚えていますが、その旅館は既に2度目に橋を渡ったころには廃業しており、その後廃墟化していたそうですが、今ではその旅館の建物も取り壊され、麓の駐車場だったところは資材置き場になっているようです。
関東人は東急の二子橋と比較しますが、名鉄は複線だし、パノラマカーまで走るところが凄い。橋の上のレールはかなり凸凹で、ゆっくり走ってもよく揺れました。
Cedarさん
ここでいきなり貨物列車遭遇はびっくりするでしょうね。
見たかったです。。
伊豆乃国さん
この周辺も往時の賑わいが無くなってきているようですね。
最近はとんとご無沙汰です。
モハメイドペーパーさん
望遠で覗くと左右に良く揺れていました。
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