古い建物や街並みをめぐる紀行・地方電化私鉄以外の駅関係の写真については兄弟ブログ(「古い建物と街並みをもとめて」・アドレスは右側の兄弟ブログらんの「古い建物と街並みをもとめて」をクリックしてください)にアップすることにしました。  こちらも是非ご覧下さい(但し、こちらのブログは駅の写真以外は鉄分ほとんどありません。悪しからず)。

2020年4月10日金曜日

国鉄の面影をもとめて その5

千路駅まで来ました。
ここで、しばし休憩です。

20.3.21 千路

休憩中には特急電車が通過。
想像以上に七尾線は優等列車が多いのですね。
ちゃんとした駅舎はあるのですが、なぜかトイレには鍵が掛かっていて残念。

20.3.21 千路

駅前にはこのような渋いお店も残っていました。

20.3.21 千路

次の上り列車に乗ります。
415系を期待しましたが、今回も413系でした。

20.3.21 敷浪


数駅先にある敷浪駅で途中下車します。


20.3.21 敷浪

敷浪駅です。
仕方ないんでしょうが、魅力のない駅舎です。。。
キユニ26 16 81.9.3 敷浪

ここには大学鉄研の合宿の宿泊先の最寄り駅で、利用したことがあります。
これはその時乗車した列車。
当然ながら非電化の時代です。



この駅では415系の形式写真を撮るために二往復分待つこととします。
二往復目はここで交換でした。
455系の末裔と古参直流電車の成れの果てのご対面です。
やってきた古参直流電車改造車は期待の最古参編成。


モハ414-802 20.3.21 敷浪

こちらが現役最古参の車両といわれる、モハ414-802号車です。
ひとまず目的の車両が撮れてよかったです。

クモハ415-802 20.3.21 敷浪

分散クーラーのクモハの編成を見送ります。

クハ415-810 20.3.21 敷浪



目的果たして次の上り電車で七尾線を後にします。
ここでようやく415系に乗れました。

クハ415-810車内

かつて遜色急行に使ったこともあるという車内はなるほどちょっとグレード感のある内装でした。
が、、、結構なお疲れモーでグレード感も台無しです。



途中で小休止。
ドアだけはボタン開閉式に改造されています。

20.3.21 津幡

津幡で富山方面に向かうために国鉄型電車を見送りました。
引退までにもう一度来れる保証がないので、一応これでお別れです。
これにて、国鉄の面影をもとめる旅は終了となりました。

4 件のコメント:

私はこの駅で転んでません! さんのコメント...

chitetsuさんは、415-800に注目ですか。
455と3ドアの組み合わせに注目しました。
私はさながら、51+47の現代版かな?って妄想してしまいます。
2ドアと3ドアの混成列車、貴重ですね。
(撮影地は、アハハです。)

chitetsu さんのコメント...

私はこの駅で転んでません! さん
この駅といえばホームでの転倒が思い出されますね(笑)。
455と413の混成編成は旧型国電みたいで面白い編成と思います。

石鉄 さんのコメント...

 お別れの津幡駅での写真は懐かしいです。
 昭和30年代初めの頃小学校低学年だった私は3年間津幡駅の官舎に住み蒸機の汽笛を聞きながら育ちました。

 写真の駅名標の向こうの建物が立っているところに官舎が6軒ありました。
 その向こうに小さな踏切があり手押し式の転車台がありました。
 子供数人で簡単に回すことができました。叱られましたけど。

 当時はまだ倶利伽羅峠用補機としてE10が活躍していました。
 富山方面と七尾線の直通客車が1両くっついており、それの切り離しなどの入れ換えようとしても使われていました。
 当時の津幡駅は賑やかでした。駅員も50人ほどいました。

chitetsu さんのコメント...

石鉄さん
駅の官舎に住まわれていたのですか。
汽笛を聞きながら育つなんて、一般の方にはどうかわかりませんが鉄にとっては羨ましいような環境ですね。
転車台というのは、よく考えられているのですね。
あれだけ重いものが軽く回るというのはすごいです。
貴重なお話、ありがとうございました。