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Sunday, February 3, 2019

西武E51形

西武の旧形電機でも白眉の存在であったのがE51形でしょう。

E51 78.4.4 小手指

E51です。
この2年前に車輪の軸にクラックが発見されて休車になっていました。

E51 78.4.4 小手指

休車になったE51は小手指検車区の手前側の側線で休んでいました。

E51 78.12.25 小手指

その年の年末には奥のほうに追いやられ、いよいよ先が見えてきたころです。

E51 80.8.9 小手指

二年後行った時も健在でしたが、すでに部品が外されていました。

E851とE52
 81.6.13 所沢

こちらはE31形就役まで活躍したE52です。
所沢のヤードで入れ換え中、E851形と顔を合わせました。

E52 81.6.13 所沢

パンタグラフもKP62に交換され、列車無線アンテナも付いています。

E52 81.6.13 所沢

1形式1輌となって、手もかかったのではないかと思います。

E52 79.10.23 飯能

飯能駅ものんびりとしていました。

E52 79.10.23 飯能

今でもこの姿が見られるのが何よりです。

4 comments:

モハメイドペーパー said...

 輸入機トリオのなかでE51形は走行音が滑らかで、機械部分の精度の高さが感じられました。保守は他の形式とそんなに変わらないと思うけど、車輪は径が大きいため自社では削れず、国鉄大宮工場のご厄介になっていたそうです。

chitetsu said...

モハメイドペーパーさん
国鉄では手を焼いた少数派の輸入機を長い間大事に使っていたのは素晴らしいことですね。
車輪は大宮工場のお世話になっていたとは知りませんでしたね。
所沢工場は焼け電以来、大宮工場とはつながりが深かったようですね。

北マト said...

81年の所沢駅構内の画像、今所沢に居住している当方には、全くイメージがわきません。
多数の線路配置があったのですね。貨物輸送が活発だったからでしょうか?

chitetsu said...

北マトさん
そうですね、今とは構内の雰囲気が全然違いました。
いつも側線には貨車がいました。
1981年当時でも車扱いをふくめて貨物輸送が活発であった時代でした。