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Wednesday, October 24, 2018

近鉄養老線回顧

近鉄養老線の養老駅付近を訪問したのは1991年の梅雨の頃でした。
本日は養老付近で撮った近鉄電車です。

ク572 91.6.28 養老

養老駅で交換待ちの風景です。
対向列車が来るまでののんびりとした光景です。

ク548(左)、ク572(右) 91.6.28 養老

待つことしばし、対向列車がやってきました。

モ422 91.6.28 養老

振り返って撮った桑名行き電車。
モ425 91.6.28 美濃山崎ー駒野

一面の水田地帯をトコトコ走る元特急電車の2両編成。
のんびりと余生を送っていました。

養老鉄道になってからはとんとご無沙汰です。
おととし、ほんのちょっと顔を出しただけですが、遂にここにまでステンレス電車が来るとは。

モ613 16.7.10 多度ー下野代

この路線も再び転換期がやって来たようです。

4 comments:

モハメイドペーパー said...

 吊掛車がいた頃に乗りました。全線乗ると結構長いし、途中で降りたりすると1日がかりになってしまいます。これからの時期だと撮り鉄は辛いですね。

伊豆之国 said...

養老線には、近鉄時代の40年ほど前、養老の滝(某居酒屋チェーンではありません)見物で桑名から養老まで往復で乗ってきていて、その頃はまだ元南大阪線の特急車両「かもしか」号など、南大阪線や狭軌時代の名古屋線などで活躍してきた吊り掛け車両の天国といった様相に見えました。
養老鉄道になってから、3年前の秋の連休で、関ケ原の古戦場を見て来たあと、大垣から桑名まで乗り、途中多度駅で降りて多度大社にお参りしてきましたが、車両はさすがに40年前とは全く入れ替わっていたものの、「ラビットカー」色にリバイバル塗装された元南大阪線の車両など、本線系統から引退した電車が勢ぞろい、まさにその名の通り「近鉄電車の老人ホーム」と言った雰囲気でした。でも、秋の観光シーズンの連休なのに、3両編成の電車は乗客もまばらで、「路線の存廃問題が出てきた」(真相は「大垣市が路線維持に必要な金を出し渋っていた」ことかららしい)という状況だったのもなんとなく納得できたのでした。
その養老鉄道も、闘Qの銀色電車が大挙して押し寄せてくると、既に同様になった伊賀線や、西武カラーに塗り替えられた北勢線、足回りこそ旧式流用であるものの車体はすっかり造り替えられた「あすなろう」に続いて、近鉄が手放した路線から「近鉄カラー」がこれで完璧に消えて行くのでしょうか。

chitetsu said...

モハメイドペーパーさん
養老線は結構時間かかりますね。
一回雨の日に桑名から大垣まで乗りましたが途中で退屈になって寝てしまいました・・・。

chitetsu said...

伊豆之国さん
養老線はいつの時代も近鉄電車の養老先でしたが、いよいよ近鉄でない電車に代替わりするというのも微妙な気持ちです。
近鉄の手放した路線は着実に近鉄離れが進んでいるようです。