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Monday, July 16, 2018

銀座線2000形終焉の頃

変貌を遂げる渋谷駅界隈。
先日は地下鉄もJRも電車止めて線路をいじっていました。
行くたびに乗り換え経路が変わったり、凄まじい階段を上らされたりで、最近は渋谷で乗り換えることはどうしようも無い事情が無い限りしないようにしています。
そんな渋谷駅、2000形最後の頃を回顧します。


2074 93.7.26 渋谷

01系への置き換えも進み、遂にオレンジ色の電車が消える直前に2000形に引退記念ラッピングがされて運行されていました。


2074 93.7.26 渋谷

この電車にはあまり似つかわしくなさそうなラッピングで、あまり気が進みませんでした。

 93.7.26 渋谷

こちらは窓が大きい方の1500形。

93.7.26 渋谷

駅前での行き来も撮っています。

93.7.26 渋谷

01系との邂逅。
これも見納めの時です。


93.7.26 渋谷

電車も街も随分と変わって、越後屋電鉄が跋扈する街。
あんまり楽しくなくなった渋谷です。

8 comments:

モハメイドペーパー said...

カルダン駆動だけど電制なしの自動空気ブレーキで、吊掛車と併結という、おもしろい電車でしたね。

Cedar said...

このころの渋谷の写真みるたび、腹が立ちます。
ターミナル機能より金儲けのために、莫大な金と時間かけて街殺しする一方、危険状態のDT線渋谷は放置ですから。
何をか言わんや。

伊豆之国 said...

銀座線の「灯りが消える電車」、駅に着く前に一瞬に蛍光灯が消えて壁に付いた「非常灯」が点灯し、すぐに元に戻る、という「一瞬の恐怖」は、ただ怖いと言うだけではなくてある種の「快感」をも味わうという経験は、今も蘇ってくる懐かしい思い出になっていたのでした。小~中学生の頃、よく闘Q文化会館のプラネタリウムに通ったことがあり、東横デパートから文化会館への渡り廊下は、今も懐かしい思い出になっています。
渋谷駅の構造は、ただでさえ複雑なのに、いろいろ手がつけられてわかりにくくなってくると、今では「歳」のせいもあって、「新玉川線」から山手線に乗り換えるときなど、ますます億劫で辛くなってきて、通勤ルートはだいぶ前から大井町線経由になり、東京駅から新幹線で東北・上越・北陸方面に向かうときは、渋谷で乗り換えたほうが「都内」扱いでその分安くなるのですが、渋谷での乗換えがあまりにも苦痛になるので、直通する半蔵門線で大手町まで行って丸の内線に乗換える、と言うルートをいつも使うことにしています。
「新玉川線」の渋谷駅は、ホームを増設するスペースが取れないなら、KO線の新宿のように、別ルートで違う場所(例えば最近まで「闘Qプラザ」があった南口側の「新道」の地下とか)に造り、渋谷発着と半蔵門線~東武直通系統とを分離する、と言うことも有りでしょうか?

chitetsu said...

モハメイドペーパーさん
何でもありのごちゃまぜ編成は楽しかったですが、利用客からはどう見えたことか。

chitetsu said...

Cedarさん
その気持ち、わかります。
今一番利用したくない駅ですね。
なるだけ通過するようにしています。

chitetsu said...

伊豆之国 さん
銀座線の「灯りが消える電車」、先日行ったロンドンの地下鉄でも体験しました。
いまだに電気が消えるを体験したのはピカデリー線でした。
他の線でもあるのかはわかりませんが、良くも悪くも伝統を守る国だなあと思いました。

12号線 said...

船の警笛にも似たタイフォンは特徴的でしたね。
個人的には鉛丹色の屋根に一灯の前照灯、小さい方向幕がG線の印象です。
もちろん吊り掛け音に挙動の大きい片開きドアも忘れてはならない存在。
そんな硬派な面々がいなくなって、もう30年以上も経つのですね。

chitetsu said...

12号線さん
あの笛のようなタイフォンは印象的でした。
前照灯が2灯化されたときは、残念でした。
電車がいなくなってからの打子式ATS動作の空気音も記憶に残っています。