ここには仙北鉄道の登米駅の遺構が未だ現役で残っていました。
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こちらが鉄道時代から使われている登米駅舎です。
バスの営業所と待合所を兼ねていました。
右手には同行のメンバーも写っています。
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元のホーム側です。
当時はバスもそのホームから発着をしていましたので、まさに鉄道代行バス状態であったわけです。
停車中のバスも鉄道時代同様瀬峰ゆきです。
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駅舎を反対側から見たところです。
バス乗り場は2つあったようです。
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こちらは車庫です。
向きとかから鉄道用だったのかどうかは分かりませんでしたが、鉄道現役時代からあったものには間違いありません。
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用途は判然としませんでしたが、ストラクチャーとして見ても味わいのある建物でした。
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反対側からです。
模型化には絶好ですね。
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登米の市内にはいくつか有名建築が残っています。
こちらはちょうど整備中だった元警察署です。
10年後ぐらいに行った時も確か駅舎はバスの営業所として残っていた記憶がありますが、2007年に解体されたそうです。
どちらにしても意義ある登米訪問でした。
2 件のコメント:
「宮城の明治村」の異名を持つ登米(とよま)町(現在は周辺町村と合併して「登米(とめ)市」)には、15年ほど前に訪れたことがあり、写真に出ている元警察署や、元小学校、味噌蔵などを見てきています。かつて仙北鉄道が出ていた瀬峰駅で下りたのですが、バスの本数が少なく、結局タクシーで5千円余りを支払うことになってしまいましたが、風情のある町歩きができたことでともかく満足してきたのでした。
帰りは、当時まだ残っていた元の駅舎から出ていたバスで、柳津駅まで乗ったのですが、乗客は数えるほどで、気がついたら最後まで乗り通したのは私一人になっていました。登米駅の駅舎には、鉄道時代の写真などの資料も展示されていたのですが、跡形もなくなった今はどうなっているのでしょうか。
伊豆之国さん
元鉄道が走っていた路線のバスはいつの間にか本数が減ってしまうケースが多いですね。
仙北鉄道は特に鉄道線ルート自体があまり合理的では無かったからなおさらでしょう。
登米の駅舎解体時に資料も逸散してしまったのでしょうか。
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