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Friday, March 3, 2017

10年前の今日 米坂線訪問

10年前の今日、飯田線本記事で一日ずれてしまいましたが今回は山形編です。
2007年の3月3日から4日にかけては出張で山形・福島に向かいました。
記憶はあいまいですが、一日前入りして米坂線に向かったのだと思います。
早起きは三文の徳ということで、始発のつばさにて東北へ向かうことに。

07.3.2 東京

早朝の中央線で東京に到着です。
写真は乗って来た電車の折り返しの河辺ゆきです。

07.3.2 東京

400系つばさで米沢に向かいます。
確か最初の下りつばさは東京から併結なしの単独走行だった気がします。

07.3.2 米沢

雪深い・・・と思ったら雪のない米沢に到着です。

キハ52127 07.3.2 米沢

逢いたかったのはこの車輌です。
上手く運用に入ってくれればよいのですが、寝ていました。

07.3.2 西米沢

時間の関係で奥までは行けません。
ここで下車です。

07.3.2 西米沢ー成島

市内から少し外れると結構雪が残っていました。
それっぽい写真が撮れましたが、狙う国鉄色は来ません。

キハ52123 07.3.2 西米沢ー成島

来ません。

キハ52137 07.3.2 西米沢ー成島

来ません・・・・。
気持ちが入っていないせいか画像も曲っています・・・。

キハ52123 07.3.2 西米沢ー成島

結局、来ませんでした・・・。

 07.3.2 米沢


07.3.2 米沢

米坂線は列車本数も少ないので、米沢へ帰る列車も当分来ないので、歩いて米沢駅まで市内の散策をして用務先に向かったのでした。
役得出張鉄の罰が当たったのでしょう。

2 comments:

原口 悟 said...

私も同時期(確か2006年の夏)に米沢から米坂線に乗りました。気動車色のキハ52も見たのですが、あいにく新潟色の車に挟まれた中間封入状態でした。また、キハ58の原色も見ています。

キハ52は割と目にしており、古い記憶では、昭和58年夏に三陸方面を旅行した時、宮古から岩泉線を使って岩泉の龍泉洞まで移動したのですが、この時の車を「キハ52 34―キハ52 112」と覚えています。この時の旅行から20年後の2003年夏に出張で宮古を訪問したのですが、この時も、「赤鬼」ですがキハ52に乗車しました。中部地方では、小海線(首都圏色と飯山色時代)と大糸線(1990年代の地域色と、末期の復刻色)でしばしば乗車しています。

chitetsu said...

原口さん
気動車の国鉄色復刻は東管内では盛岡が最初かと思います。
花輪・山田両線では随分追っかけました。
ただ、52は窓が改造されていたので、米坂線の復刻は福音でした。
この時は走る姿を撮れなかったので、その後何度もリベンジに行きました。