クハ103-1009、クハ301-8
03.5.17
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高円寺で顔を合わせた地下鉄直通車。
クハ103-1010 03.5.17
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103系1000番台。
地下鉄ではかなり手前からあの轟音で判別できました。
クモハ300-2 03.5.17
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301系。
色塗ってしまうと103系により似てしまいます。
引退間際のせいか薄汚い姿がちょっと可哀相です。
クモハ300-2 03.5.17
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それでもこうやってみると301系らしさが分かります。
クハ301-8 03.5.17
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301系はこの翌月で定期運用を離脱しました。
さよなら運転が営団側と調整つかずに最初で最後の快速線で行われたのも皮肉です。
大宮に残った1輌はどうなるのでしょうか?
14 comments:
地元の電車なんで、黄色い帯の頃からお世話になっています。ブレーキ弛めた時のバシャーという音が独特でした。撮影場所は高円寺ではなく阿佐ヶ谷のようですね。
黄色帯のんが見たいよー!
最初は帯なかったよ、ね?
クモハ入りの103-1200もよかったなあー!
301系の帯、最初の4本は側面の窓上だけ。5本目で窓下と前面も追加されました。4本目までの帯は着色したアルミ板の貼り付けで、雨に濡れて部分的に剥がれたりしたのもありました。5本目は少し厚めのプラ板です。
モハメイドペーパーさん
ご指摘ありがとうございました。
自分でもどっちだったか自信が無かったのですが、阿佐ヶ谷だったのですね。
ブレーキの音、そう言えば違いましたね〜。
301匹わんちゃん殿
お久しぶりです〜!
最初は帯なしシンプルな姿だったですね。
黄色の帯は東西線カラーと違ってて不思議でしたが、やっぱり青くなりましたね。
モハメイドペーパーさん
さすが、お詳しい!
剥がれかけた帯は国鉄を感じさせました。
東西線直通国電は黄色帯が当たり前と思っていましたが、ある日親に連れられて中野電車区の前を通り掛かると灰色にに水色帯の謎の103系が停まっていて驚き、後日図書館で「鉄道ファン」の最新号を見て、東西線直通車の新塗装だと知って衝撃を受けた思い出があります。それがまだ幼い頃だったので、黄色帯は写真に残せず残念でした。
何故か常磐線から紛れ込んだ103系1000番台は1本だけの存在で、見掛けると興奮しました。
103も301も、晩年は本当に薄汚い姿で塗装が剥がれていたり、可哀想な姿だった記憶があります。どうせ引退間際だからと汚くてなっも放っておくのはJR東の悪習だと思っています。
301系はダイレクトマウント式空気バネ台車でした。これは、国鉄在来線向け電車としては初採用だと思われます。
在来線向け電車では他に201系試作車くらいしかなく、珍しい存在でした。
その201系試作車は後に中央・総武緩行線へ転属となり301系と同じ線路を走ることになりました。
茅場町に通っていたころ三鷹行の最終がいつもこれでした。
夏は床下から陽炎が立ち、トンネル内でノッチオフすると辺りが真っ青になりました。
301系のさよなら列車に立川からビデオを構えて満員の車内に無理やり割り込み
高尾まで撮影した思い出があります。
そんな思い出を手元に残そうとモアのキットを10両も買ったのですが・・
きっと作らないだろな。。
みかんさん
黄色は当時の101系カナリアに合わせたのでしょうね。
自分は黄色時代撮ったのですが、白黒で良くわかりません・・・・。
廃車近くても、お客さん乗せる商品なのだという感覚無いですねえ。
三等急電さん
301系は国鉄通勤車初の空気ばねでしたね。
当時は高級に見えました。
通りすがりの64さん
ハードな毎日を過ごしていたのですね。
ノッチオフ時の遮断器の閃光、凄かったですね。
モア、持っているんですか!
作るとなったら、大変そう・・・。
東西線に乗車するとき、業務用発車時刻表でKがついている電車が来るまで待ったことがあります。
JR東日本が103系を置き換えることが発表された時から飯田橋ー茅場町で乗車してました。
車内は更新されて明るい雰囲気でしたが、古さは隠せないようでした。
taiitis さん
業務用時刻表は色々な情報が入っていて便利ですね。
車内も窓周りはきれいですが、天井を見るとそれなりにご高齢なのがわかっちゃいましたね。
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