Saturday, December 13, 2014

都営浅草線の5000形電車

1000記事記念の京急1000形特集のためにネガを探している時に目に留まったのが、地味だった都営5000形でした。

都営5000形は1960年の浅草線開業に合わせて製造された電車です。
車体側面を含めて実は帝都高速度交通営団丸ノ内線用の500形のほぼパクリの電車で、それを塗り替えてパンタグラフを載せたような電車でありました。

京急線への乗り入れが前提での設計であった筈ですが、その性能は芳しくなかったようです。
以下はウィキペディアからです・・・・

『・・・台車の枕バネにはウイング金属バネ(軸箱支持装置は近畿車輛製シュリーレン式)を使用したが、最終新製車は空気バネとなった。主電動機出力はやや大きめだが歯車比が6.53と低速域重視であり、定格速度が低い上に弱め界磁制御も中速域までであった。さらにWN形駆動装置の影響で高速域では床が振動し始めるなど、高速性能が悪く、最高速度は100km/h程度が限度だった。そのため、京急線内での急行運転時はほとんど惰性走行することなくマスコンハンドルを入れたままで走行していた。』

ありゃありゃな感じですね。


5048 82.7.24 仲木戸ー神奈川

仲木戸~神奈川間の踏切でやってきた神奈川新町行き。
方向幕に神奈川新町が無かったらしく、窓に行先を掲示しています。

5149 82.7.24 仲木戸ー神奈川

今は空港方面に完全に運用がシフトされて、都営車での横浜方面への運用はまず見られない状況になりました。
こちらの電車は当時は結構あった高砂行き急行。


5021 79.12.21 神奈川新町

どのような運用なのか、二連で回送される都営車。

デハ506(左)、5092(右)
82.3.26 京急川崎

京急川崎駅で500形と顔合わせ。
都営車はここ川崎迄の列車が多く、それを受け継ぐ形で逗子行きの急行が主に京急の吊り掛け車で運行されていました。
京急の吊り掛け車は晩年はこの急行電車中心に運用されていましたが、これは普通車では加速に問題があって追いつかれてしまうからだと聞いたことがあります。


デハ471(左)、5149(右)
82.3.26 京急川崎

川崎止まりの急行と川崎発の急行の顔合わせ。
湘南顔の京急車と金太郎塗りの都営車。
懐かしい顔合わせです。

5029 89.3.11 京成立石ー四ツ木

京成線内を走る塗装変更後の5029。
塗装の変更は1981年から更新と合わせて行われましたが、
全車が更新をされた訳でなく、旧塗装のまま未更新で廃車になった車両もあるらしいです。

5121 94.8.20 立会川

立会川駅を走る字余り千葉ニュータウン中央行き急行。
この頃は既に5300形に置き換え中で、この翌年の1995年で全車引退しています。

87.3 品川ー北品川

八ツ山をゆく塗装変更後の5000形。

5207 94.6.3 青砥

こちらは5200形。
1968年の5000形新造から間が空き、8年ぶりの増備車が製造されました。
しかしながら、車体こそ鋼製からセミステンレス構造に変更しているものの、走行機器類は従来の5000形と同じで、正式には5000形の6次車の扱いになっていました。


9 comments:

  1. 都営5000について〜ああ!また嫌らしい方の認証じゃねえか!ホント疲れてる時は書き込み止めたくなります。
    で、5000ですがなんだかな〜って電車でした。貫通式に金太郎塗りも地方私鉄じゃあるまいし、って思ったし…。
    でも京急線の急行運転は常磐快速の103系みたいで好きでした。

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    1. 宵闇さん
      ごめんなさい、操作ミスして戴いたコメントを削除しちゃいました。
      こちらに再掲載します。
      以下宵闇さんコメントです。
      この電車が営団丸ノ内線500系のパクりだったと今日初めて知りました。
      古めかしいデザインながら意外と新しいんですね。
      よく走ってるのは見かけましたが、意外とあまり乗らなかった記憶があります。

      地下鉄電車は元々が低速域向けが多いですね。高速域で死にそうになっているイメージが強いですね。

      話は変わりますが、年末の京急、京阪鉄コレの内容は凄まじいですね。
      こちらのページでも今回の鉄コレネタの更新楽しみにしております。

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    2. 改めてまして宵闇さん
      私も今回記事書くまで営団500の設計流用とは知りませんでした。
      この頃は相直に対するノウハウも蓄積されていなかったでしょうから性能面の問題も止むなしなのでしょうか。

      因みに年末の鉄コレは大散財になりそうで怖いです。

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  3. どことなく、関西チックな音を奏でる電車としての印象あります。
    ブレーキ締め・緩め時の「ニュワ~」や応荷重装置の「ピシュ!」。
    西の私鉄各社で一度は聞いた音を、東京でも再現する存在でした。

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  4. Cedarさん
    認証面倒おかけします〜。
    グーグルに成り代りましてお詫びします〜。
    コレ、本当ワケワカランですね。
    スンマセン。
    無理した高速走行って、迫力あって私も好きです。

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  5. 12号線さん
    シュリーレンの台車使うあたりから関西っぽいですね。
    音の記憶って、表現しにくいですが残しておきたいものですね。

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  6. こんにちは。
    お写真、楽しく拝見致しました。
    登場時から目新しさや斬新さはなかった車両なのかもしれませんが、時代ならではの端正なデザインに見えます。
    この車両に乗ったことはないのですが、京急線を最大限性能の限り走っているところは、乗ってみたかったと感じます。武蔵野線や常磐線の快速などを最高速で走る103系の姿に重なりました。
    一般の乗客の方には乗り心地の悪い車両だったのかもしれませんが、こういった個性を感じる車両が少なくなったと感じるところでもあります。
    今後、浅草線を走る車両は更新期を迎えるようです。新しい形式に置き換わるのか、今の車両がリニューアルされるのか分かりませんが、一つ時代が先に進むようです。
    多くの会社から多様な車両が乗り入れて走る浅草線には興味を惹かれますし、今後も見ていきたいと思っています。
    今後とも、宜しくお願い致します。
    風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

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  7. 風旅記さん
    都営5000形はいかにもお役所的なデザインとも言えますが、その時代らしく良くまとまっていたと思います。
    晩年は非冷房で嫌われましたが、精一杯の走りを見せていました。
    浅草線車両もそろそろ次世代車両に交代の時期が迫っているのですね。
    早いものです。

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