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Saturday, November 22, 2014

田浦の貨物線

昨日に引き続き、本日も横須賀線沿線の話題です。
先日平面交差の記事(こちら⇒平面交差いろいろ)で一枚だけご紹介した横須賀線田浦の貨物線が本日のお題です。
田浦の貨物線は戦争中に軍事目的で急遽敷設された路線で、戦後になっても米軍の燃料輸送に近年まで使われるなど、戦争の影が拭えない路線でした。
その田浦の貨物線を見に行ったのは1989年の冬のことでした。
例の平面交差を含めて当時の様子をまとめてみました。

田浦駅に掲示されていた駅周辺案内図にこれからの写真の位置関係を書いてみましたので、これを参照頂きながらご覧下さい。

田浦駅の案内図



89.2.19 田浦ー東逗子

こちらは田浦駅の東逗子方のトンネルを踏切から撮影したものです。
走り去る113系電車の手前には貨物線への渡り線があります。
田浦駅の案内図ではこの渡り線はすでに消えています。

この写真だけではピンと来ないかも知れませんが、実は結構な珍風景です。
田浦駅の貨物線から発車した上り貨物列車は下り本線を逆走してこの渡り線を渡って上り線に入ります。
何故、駅構内でないトンネルの出口のこのような場所に本線の渡り線があるか不思議に思われるでしょう。
その理由は田浦駅の立地が影響しています。
田浦駅周辺は谷戸地形と呼ばれる山の多い場所で、駅の前後をトンネルに挟まれた立地になっています。その為ホームは上下のトンネル入口までビッタリ作られているにも拘わらず10両分の有効長しか確保出来ず、未だに11両編成の電車は一両ちょっとをトンネルに突っ込み停車して締切扱いをしています。
そのような状態なので、駅構内に貨物線の渡り線なぞ設置不可能な立地のための苦肉の策なのです。

89.2.19 田浦ー東逗子

こちらの写真は上の電車が田浦駅に停車している様子です。
田浦トンネルの向こうに田浦駅、更にその先の七釜トンネルが見えます。


前置きが長くなってしまいましたので、そろそろ本題の貨物線風景をご紹介します。
この貨物線はあまりお目にかかれないものが3つあります。

一つ目は平面交差があること、それもダブルであること。
二つ目は線路が併用軌道でトンネルに敷設されていること。
三つ目は米軍管理下の専用線が遅くまで残存していたこと。
です。




89.2.19 田浦


田浦駅で分岐した貨物線は本線と平行してトンネルに突入して、その出口から長浦港に向けて左に曲がります。
その後、線路は分岐して道路をわたる踏切に到達します。
上の②の写真は田浦駅側から道路を歩いてきて貨物線とクロスする踏切方向を見たものです。
道路に沿って走る併用軌道風の貨物線は、田浦からの線路を一旦スイッチバックして来た線路です。


89.2.19 田浦

こちらがその貨物線が平面交差する部分です。
こちらは田浦駅寄りの一つ目の平面交差です。


89.2.19 田浦

ただでさえ珍らしいダイヤモンドクロッシングですが、ここではそれがダブルで存在しています。
写真は道路から⑨の米軍の燃料施設(旧海軍軍需部比与宇弾薬庫)方向を見たものです。


89.2.19 田浦

こちらは田浦駅からの線路が比与宇トンネルに向かっている部分です。
ここで一旦トンネルに突っ込んでスイッチバックするような配線になっています。


89.2.19 田浦

そのスイッチバックする線路は何と併用軌道でトンネルの途中まで突っ込んでいます。
道路との併用軌道で線路がトンネルに入るケースは非常に少なく、私が知っている事例では他に松尾寺ぐらいしかありません。
戦時中はこのトンネルの中で弾薬や物資の積み下ろし行われていたそうです。


89.2.19 田浦

こちらは地図ではすでに消えてしまっている部分ですが、長浦港に面して建つ海軍時代からの倉庫の中を走る線路です。


89.2.19 田浦

こちらの線路は長浦港に沿って結構な長さで伸びていました。


89.2.19 田浦

こちらは米軍の燃料施設です。
柵の間からちょっとドキドキしながら撮ったものです。


89.2.19 田浦

こちらは田浦駅からの線路が別れてゆく部分の様子です。
ここにはタンク車が止まっていました。


89.2.19 田浦

こちらは海上自衛隊の基地入口付近の貨物線の終端部の様子です。
こちらには機関車が三両休んでいました。
全て相模運輸倉庫所属でした。


89.2.19 田浦

車番のわからない加藤くん。


DB252 89.2.19 田浦

こちらは日車の機関車、DB252。



No2 89.2.19 田浦

こちらは全く統一性のない車番のNo2。

田浦の専用線の写真は以上です。
貨物線はどこもちょっと謎めいているものですが、この田浦の貨物線は実に引き込まれる要素の多い貨物線でした。


8 comments:

青春M said...

こんにちはー あ、こちらからは、初めましてですね
青春Mです。いつもよくこんなに撮られてるなぁと感心しながら見させていただいてます。私は加藤くんのストーカーに「なりたかった」鉄ヲタです。気づけばどこにもその姿がありませぬ。地鉄様ならさぞかしあちこちで撮られていることかと・・・またいつか紹介・・・
よろしくお願いいたしますーーー!!!
うわさには聞いてましたが私も「人」ではないみたいですう  えーコレまじっすか5回目・・・

Cedar said...

この辺りは、鉄離れしていた頃によくクルマで通ったのでした、港のCedar、ヨコハマ、ヨコスカ〜って感じでモテたいための音楽三昧の時代。田浦の友人宅からここは歩いて行けたのに全く撮影してないとは…。

chitetsu said...

青春Mさん
いらっしゃいませ~。
私は電車ヲタですが、実は専用線系についてはあまり強くありません。
運良く取れたものはあっても狙って訪問をしたことはあんまりないのでした。
どちらにしましても宜しくお願いします。

chitetsu said...

Cedarさん
お盛んな時代は結構このあたりを徘徊されていたのですね。
あのわんわん殿も横須賀あたりを徘徊していたみたいでどこかでニアミスしていたかもですね。

モハメイドペーパー said...

 ここに写っている日車のDB252、車号が変わっていないとすれば、今年の3月まで北王子の製紙工場のヤードに留置されていたやつです。その後、線路紹介扱いで46000円で売りに出されていましたが、買い手は付いたのだろうか。 

なにわ said...

トワイライトゾーンで読んだことはありますが、親方日の丸、いや、親方旭日旗+親方星条旗の需要で長持ちしたんでしょうね。

chitetsu said...

モハメイドペーパーさん
この機関車、北王子へ行っていたのですか???
せんろ商会が売り出していたのは知っていましたが同一車両とは思いませんでした。
とすればずいぶん長生きな機関車でしたね。

chitetsu said...

なにわさん
そうですね。
普通ならこんな残り方しないですから、国の防衛政策が生きながらえさせたのでしょうね。