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Wednesday, October 30, 2013

総武流山電鉄 1980年

1980年は総武流山電鉄にとっては、一つの転換点にあたる年でした。
これまで小型、中型の古い電車で運行していたところに、西武鉄道から501系の3連が投入され始めたのです。車両の交代は既に十分そのタイミングを迎えていましたし、乗客も増えてきていたのです。

モハ1002 80.6.12 流山
流山に憩うモハ1002。
後ろには入線したばかりの西武501系が休んでおり、501系入線に合わせて後方の木造車庫が取り壊されて新しい車庫が新築中でした。

モハ1101 80.6.12 小金城趾ー幸谷

沿線にはまだ武蔵野の雰囲気を残すところがそこかしこに残っていました。
モハ1101は元京浜急行のデハ400系列。
西武の501系が入線するまでは当線ピカイチの存在でした。
西武所沢でお得意の更新工事を行って、入線しています。

クハ53 80.6.12 小金城趾ー幸谷

元京浜急行の相方は元青梅のクハ53。
昭和初期の電車らしいスタイルですが、元青梅の電車は全体に窓の横幅が広めで個性があるものが多かったです。

モハ1001 80.6.12 小金城趾ー幸谷

次にやってきたのは元西武のモハ1001。
先ほどの元青梅の電車とはどこかデザイン面では共通項がある電車です。

クハ52 80.6.12 幸谷ー馬橋

幸谷の馬橋側に移動しました。
後ろを走っているのは常磐線の103系です。
103系の後方上の高架線は武蔵野線とバイパスする貨物線で、この電車を撮っているときにEF15の貨物列車などが通り抜けてゆきました。
今、ここはどうなっているのでしょうか?
きっとJR線まで見通せないでしょう。

6 comments:

nnishi1968 said...

こんばんわ。

馬橋は毎日通勤で通るのですが、Chitetsuさんのおっしゃるとおり、
この付近は住宅が立ち並び、JR車内から流山電鉄の車両は見えません。

私が東京に来た頃は、501系だらけでしたが、すっかり面子も入れ替わった
ものの、今も元西武車ばかりなのは同じですね。

幸谷駅近くの病院にメタボ治療通院中のmaru-ha said...

確かにこの付近は家・建物でいっぱいです!
もともと、流山線で撮ろうと思うといいところがなくて迷いますね。
chitetsuさんは幸谷をベースにしていましたが、小生は鰭ヶ崎で撮りました。当時は平和台側の線路の東側には田んぼもありましたけど、今は住宅地です。(もと田んぼなので地震大丈夫かな??と勝手に心配してますが)

車両は変わりましたが、”変わらない風景があります。流山駅とホームから車庫の方向の眺めです。。。

元・いきもの部長 said...

流山電鉄を最初に訪ねたのは、西武501系の引退が始まった頃でした。
小型、中型の古い電車がいることは知っていましたが、なぜか行きそびれました。
「これ」という車両がいなかったこと、いつでも行けそうだったからでしょうか?
今思い返せば、残念なことをしました。
西武501系以降は、編成ごとに愛称をつけ、それに合わせた塗装になりました。
そういえば、同じ頃に上毛電鉄でも雑多な古い電車が西武の中古車(351系)で置き換えられました。
501系3連の投入で輸送力強化が始まり朝ラッシュは3連4本でさばいていた流山電鉄も、少子化や都心回帰などで利用者が減少、そこにつくばエクスプレス開業が追い打ちをかけて、終日ワンマン2連での運行になってしまいました。

chitetsu said...

nnishi1968さん
やはりそうでしたか。
住宅密集状態のような気がしていました。
この路線は西武と縁が深いですね。
久しぶりにN101系仮面車でも見に行こうかと思います。

chitetsu said...

幸谷駅近くの病院にメタボ治療通院中のmaru-ha 殿
HN長すぎっ!
流山線は写真撮りにくい路線でしたね。
幸谷も鰭ケ崎もきっと最近はもっと撮りにくくなっているんでしょうね。

chitetsu said...

元・いきもの部長さん
西武から501系が入線したころが、乗客的にはピークだったのでしょうね。
小さな電鉄にはTXの登場は大打撃だったでしょうね。
ショッピングセンターが出来た脇の小売店みたいで可哀想です。