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Saturday, July 27, 2013

肥薩線、明治から昭和に出会う旅(中)

新しいと思っていたキハ40も既に齢35に近づいてきました。
そんな『昭和な』気動車で次の目的地、一勝地を目指します。

キハ140 2039 13.7.21 一勝地

一勝地駅に到着した気動車。
九州横断特急と交換しました。
実は、一勝地駅の現在を見てみたかったのも今回の旅の目的の一つでした。

 13.7.21 一勝地

一勝地駅正面です。
今や縁起切符ですっかり有名になりました。

 13.7.21 一勝地
駅舎外観です。
こちらも1908年(明治41年)6月開通時の駅舎ですが・・・
以前訪問時とは駅舎外観の雰囲気が違います。

 89.5.5 一勝地
戻ってから昔撮った写真を確認しました。
白石駅舎同様の外観だったのが、かなり改修されています。
駅事務室が観光案内所に転活用されており、入口も増設されています。

13.7.21 一勝地
でも、これはこれで良い駅舎外観です。

 キハ140 2039 13.7.21 一勝地
こちらは今の一勝地駅風景です。
この角度でも新旧比較してみたいと思います。

キハ47 60 89.5.5 一勝地
そして、こちらは友人達と訪れた24年前の一勝地駅です。
連休で休みだろうに制服姿の中学生と思しき姿が見えます。
そう言えば、休みでも制服で出かけなければいけない決まりの地域もありましたが、こちらもその地域だったのかも知れません。
客扱いが落ち着いた交換待ちの時間、この車掌さんは大変フレンドリーで、写真を撮る我々を相手に世間話をしてくれたり、ちゃっかり記念切符を売り込まれたりしたのが良い思い出になっています。

キハ47 60 89.5.5 一勝地
そして、急行えびのとの列車交換を終えて発車するキハ47。
この頃はまだ2連、非ワンマン。
当時は何とも思わなかったこの風景は今考えると、良い時代でした。

キハ47 60 89.5.5 一勝地
現在の姿と比較写真。
上りホームにあった待合室が撤去されたり各所が柵で囲まれたりして、結構色々と変化してますね。
ちゃんと駅員さんが列車を見送っています。
民営化からまだ二年足らず、まだ昔ながらの鉄道風景が維持されていた最後の頃の姿でしょう。

キハ58 75 89.5.5 一勝地
普通列車が交換待ちをしていた急行えびのが出てゆくところです。
6両編成にキハ65が二両組み込まれているのも急勾配区間がある肥薩線の列車らしいところです。

13.7.21 一勝地
同じ場所の今。
特急なのに2連。
駅周辺の様子も随分と変わっています。
草もいっぱい生えてどこか寂しさが募ります。

13.7.21 一勝地
交換風景今昔を撮影後は、SL人吉を撮る場所探しに移動します。
こちらは駅前付近の球磨川の流れ。
日本3大急流を行く船が頻繁に通ってゆきます。

キハ31 14 13.7.21 一勝地ー球泉洞
行きがけ乗ったキハ31が、上り列車で戻って来ました。

58654 13.7.21 一勝地ー球泉洞

そして、待つこと暫し。
やって来たのは本日のメインデッシュ、SL人吉です。
三管式の懐かしい汽笛を鳴らして一勝地駅を発車です。
オマケ画像のこの時は一応、煙出てましたが・・・。

58654 13.7.21 一勝地ー球泉洞
肝心な場所に来たら、既に煙なし・・・。
ちょっとこれは残念な結果になりました。
まあ、綺麗な風景に免じてよし、としますか。

キハ140 2039 13.7.21 渡ー那良口
メインディッシュ撮影後は場所を移動します。
鎌瀬で渡った球磨川を渡駅近くで再び球磨川対岸に移ります。
第二球磨川橋梁の姿を列車と絡めて撮りたくて、こちらで下車しました。
丁度お似合いのキハ140がやって来ました。

13.7.22 人吉
陽も傾き、今夜の宿泊地の人吉に移動です。
人吉ではこんな懐かしい機関庫が健在でした。

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