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Thursday, November 15, 2012

上信電鉄 高崎に居た電車たち(2)

1980年訪問時現役(中には?な車両も含めて)の上信電鉄車両、続編です。

クハニ10 80.11.30 高崎

このクハニ、実に田舎臭くて私好みの合造車です。
台車も古風なものを履いています。

デハ20 80.11.30 高崎
そのクハニの相方、デハ20はちょっと変わった電車でした。
残念な逆光画像ですみません。
戦後の鋼体化車ですが、ほかの車両とは明らかに腰の高さが違い、車体下部の切れ込みも随分と派手に入っています。
写真のパンタ側は運転台が撤去されていました。

デハ20 80.11.30 高崎
こちらが非貫通のパンタ無し側です。
何故かこの車両だけ北海道の機関車のように前照灯に庇がついていて精悍なお顔をしていました。
この電車に限らず、車体の各部分のデザインが独特の個性を持っていて、見ていて興味が尽きません。
この車両が先頭で風を切って走っているところを撮ってみたかったです。



デハ23 80.11.30 高崎
ちょっと近代的なデハ23。
一見普通の電車に見えますが、やはり右側運転台になっています。
裾の切り込み方も個性があります。



クハ21 80.11.30 高崎
こちらも同じ仲間と思われるクハ21。
運転台と反対側に乗務員扉がありません。
これより古い車両にはちゃんとあったりするのですが。
また、デハとクハに同じ番号が存在したり、似たような車号が多く、ちょっと混乱してしまいます。



デハニ30 80.11.30 高崎



デハニ30 80.11.30 高崎


クハニ12 80.11.30 高崎
高崎の駅構内には生きているのかどうかよくわからない車両も居ました。
機器類が外されているので恐らく解体待ちなのでしょうが、これまた中々に魅力的な車両でした。

デハ203 80.11.30 高崎
どこか西武っぽいデハ200形。
所沢工場製もあるので、ある意味当たり前ですが・・・。
こちらは東洋工機製です。

デキ2 80.11.30 高崎
有名なジーメンスの機関車、デキ1形。
貨車をつないだままお休み中です。

ED31 6  80.11.30 高崎
すごく変わった機関車、ED31 6。
同じ仲間の近江鉄道車とは月とスッポンな姿をしていました。
よくここまでいじったものと感心しきりですが、良く見ると車体中央部分は伊那時代のオリジナルのままなのも泣かせます。
うまく切り継いだものです。

EF62 27  80.11.30 高崎
このような車両を見ている間にこんな機関車や・・・

EF12 16  80.11.30 高崎
こんな機関車・・・
も通過してゆきました。
どちらも今や懐かしの車両ですね。
上信電鉄の線路とも柵等の境目なしで国鉄の列車が走りまくっていてもこうやって自由に撮れたのも今と比べて鷹揚な時代の賜物でしょう。

どちらにしても、大して遠くなかったのに、旧型車が元気なうちにもう一度だけでも行っておけば良かったと悔やまれる鉄道でした。

4 comments:

12号線 said...

15年程前、ここの出入り業者やらせて頂いたこともございました。
既に旧性能車は一掃され、貨物輸送もありませんでしたが個性ある駅舎群に惹かれたものです。

それから業務委託駅も激減し、西武の中古車が幅をきかせていましたが久方ぶりの新車投入のニュースを知り、安堵をおぼえた次第です。

chitetsu said...

12号線さん
はじめまして。
上信電鉄の駅舎たちは電車同様個性のある駅舎が多かったと思います。
特に私は上州一ノ宮の駅舎に惹かれました。

SME said...

  こんばんは。

 たまたま「ロクサン供出」の歴史をネットで見ていたときに目に入った記事を読んでいましたが、流石、撮影されていたんですね。デハ20形のお話です。
 
 省電モハ1061⇒関東大震災で被災し、モーターや機器利用で復活⇒(鶴見臨港に譲渡中)戦時中、B29の爆撃に遭い完全大破⇒戦災復旧車として台枠など、使えるもの再利用で復活(鶴見臨港が買収されて国鉄に)⇒上信に流れ着く(新造扱い) 

 日本の歴史の生き証人と言えるべき車両です。トラス棒が有っても可笑しくない腰高ですが、ごつい台枠や部品は惨禍を乗り越えて
最後は新造名目で・・・と考えると、CHITETUさんの1枚が逆光とはいえ「物言わぬ証人」の誇りの光にも見えてきます。

chitetsu said...

SMEさん
コメントありがとうございました。
デハ20の来歴は正に波乱の時代の生き証人のようですね。
戦災復旧車は数多くあるものの、戦後30年以上経ても名残を残していたのは確かに貴重でした。