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2018年2月14日水曜日

片町線の放出駅にて

片町線の放出駅は古くから興味があって、何度となく行ったことのある場所でした。
駅の近くには模型屋さんから実物の車両工場と興味のあるものがいくつも集まっていました。

クハ79054 76.3.22 放出

最初に訪れたのは中学卒業の時です。
この時はまだ旧型国電の牙城でした。
写真は四条畷に向かうクハ79を殿にした5輌編成です。

90.8.4 放出

1988年に学研都市線と命名されて、以後は片町線とは呼ばれなくなっていましたが、自分的にはどうしても片町線のイメージが強いです。
こちらは、103系とDD51の出会い。
おおさか東線なんて開通するのはイメージできない頃です。

90.8.4 放出

101系時代は一度も訪れたことがありません。
1990年当時は片町線電車は103系で運用されていました。

サハ102-9 90.8.4 放出

何故かサハ102を一枚撮っています。
サハ102という見慣れない形式に惹かれたのでしょう。

90.8.4 放出

この編成の反対側はクハ103。
データイムは4輌編成だったのですね。


90.8.4 放出

国鉄の香りが濃かった頃の放出駅。

クハ103-243 16.4.23 放出

時は変わって2016年の放出駅です。
現在はおおさか東線の開通で風景は一変しています。

クハ103-262 16.4.23 放出

こちらの写真はおそらく最初の旧型国電時代に撮ったのと近い位置から撮ったのだと思いますが、まったく位置の同定ができません。

今後の延伸開業でさらに変化するのでしょう。

6 件のコメント:

Mu さんのコメント...

本線から直通ですし。
四條畷の客先に電車1本で行けちゃうので、なんだか凄く変な気分ですよ。
ある日突然、松井山手行きなんてものがどんどん走り始めて、緩行線の本数もいきなり増えて。
放出の駅にいけば、201系が103系の写真の色でいますから。
もう何が何やらです。

chitetsu さんのコメント...

Muさん
片町線が東海道線に直通するのは、なんだか不思議な感じしますね。
便利になったものですね。

モハメイドペーパー さんのコメント...

 私、最初に訪問した時は、長尾から先が気動車でした。ガラベンのクモハ31とか、半流のクハ79だとか、見ていて飽きなかったです。鴫野で構えていたらD52の貨物列車が来たのにはびっくりしました。

chitetsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
そうでしたね。長尾まで行く電車も本数が少なく、四條畷で折り返す電車が結構多かった気がします。
沿線風景も随分変わっていますね。

原口 悟 さんのコメント...

片町線の電車は、旧型国電の写真と103系の写真の間の1985年に、淀川電車区の放出への移転に伴って方向を転換しています。これは、淀川にあった旧淀川電車区から放出の新淀川電車区への移転と、吹田工場への回送ルートが城東貨物線経由であることが関係しています。すなわち、従来は、吹田工場からの回送ルートは、城東貨物線から巽信号場を右に曲がって旧淀川電車区へ行っていたのが、左に曲がって新淀川電車区へ行くように変わったため、吹田工場基準での車両の方向は変わらないため、「デルタ線の方向転換」ことによります。この方向転換は、4日間をかけて行ったと話に聞いており、この間、逆方向の車が同じ方向を向いていたことになります。この方向転換があったことにより、昭和60年を挟んで前後の写真を見比べると、車両の方向が変わっていることがわかるはずです。

片町線の車両の方向は昭和戦前にも何度か変わっており、「我が心の飯田線掲示板」でもしばしば話題になりました。「巽信号場」が曲者で、デルタ線のどの部分をさすか、どの位置が営業距離の基準点になっているかが資料によって定説が無く、資料の読解に当たって厄介な存在になっています。

長尾から先の非電化時代の旧線は、1980年代のRP誌で「トンネルの断面」の連載があった時に、「関西鉄道」時代のトンネルが「私鉄独自のトンネル断面」として紹介されたことを覚えています。このトンネルは、当時の長尾―大住駅間にあった大谷トンネル、奥大谷トンネルのことなのですが、大谷トンネルの方は開削されて松井山手駅が新設されて消滅し、奥大谷トンネルの方は複線で別線を建設して埋め戻されたそうです。この旧奥大谷トンネルは、トンネルポータルが残っているのを見ることができるそうです。

chitetsu さんのコメント...

原口さん
淀川電車区が移転していたのは、コメント頂くまで知りませんでした。
てっきり今も同じ場所と思っていました。
いやはや、時間の流れはすごいものです。