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2016年8月10日水曜日

地下鉄を走る京王の6000系

本日は自分のブログらしくない車両の登場です。

京王6000系電車はあまり好きな電車ではありませんでした。
どうしても5000系のスマートさが印象的だったので、どうも安普請に見えて仕方ありませんでした。

しかしながら、後年になって増結用の前パンの2連が地下鉄直通を中心に運用されるようになってから気になる存在になりました。
それでも、わざわざ撮りに行く気も無く時間が過ぎてゆきました。
ところがふと気が付くと、都営線乗り入れ車も段々ステンレス電車が増えてきたので、これは危ないと数少ない都営線の地上部分で一回撮影に行きました。

10-200 08.5.14 船堀

まずは、こちらで練習。
これも減って来ました。
今や貴重なグロベン電車、この電車と西武2000系どちらが先に姿を消すのか?と思っていましたが、どう考えてもこちらが先のようです。

クハ6884 08.5.14 船堀

菱形パンタグラフを維持していたクハ6884。
運行番号も幕式で終始したみたいです。
この電車、パンタグラフがあるのでデハだと思い込んでいましたが、調べてみたらクハなのですね。
知りませんでした。

クハ6887 08.5.14 船堀

こちらはシングルアームパンタに換装されたクハ6887。
運行番号もLED化されています。
この編成は7000系に新造がシフトしてから製造された追加製造車で竣功は1989年ですので、車齢20年にして廃車になった薄命の電車でした。


クハ6886 08.5.14 船堀

トンネルを出て坂を登って来る前パン電車は格好良いですね。
やはり、前パンは良いです。

クハ6884 08.5.14 東大島

菱形パンタグラフ編成は場所を変えて荒川橋梁をバックに撮りました。
直線で済みそうな場所で微妙にぐにゃっと曲がった線路が何と無く落ち着きません。
まるでNゲージの組み立て式レイアウトのようです。

クハ6744 08.5.14 東大島

反対向きも一応撮りました。

クハ6734 08.5.14 東大島

世代交代を象徴するような出会いです。
6000系の地下鉄直通はこの翌年の2009年の6月で離脱しましたが、その後再び撮りに行くことも無く、これが最後の撮影となってしまいました。

12 件のコメント:

尼セン阪鉄車輌 さんのコメント...

京王6000系を知ったのは、まだ中学生でした。しかもモケー作品から先に知りました。
関西に居て地元の阪神や東海道本線・阪急神戸線くらいしか知識も興味もありませんでしたが、確か1975年の「とれいん創刊5号」に発表されていた安田氏や後藤氏によるペーパースクラッチの5000系と6000系に衝撃を受けたのを未だによく覚えています。5000系が圧倒的にカッコよく感じて、東京にはカッコええ電車があるんやなぁと思ったものです。
6000系は正面窓が大阪市交の50系や30系みたいに非対称なのが、気に入らなかったものです。どう考えても阪神には20m車は入らんのに、18m車主流の京王がどうやって20m車を導入したのかフシギに思ったものです。今となっては近鉄の21m車が三宮までイケるわけですから、なんとかなることだったんですね。
一方6000系増結二連が登場したときは、すぐに阪急みたいなことするんやなぁと思いました。

こちらに転勤したころはまだ5000系も残っていましたが知らない間に姿を消し、6000系まであっけなく博物館入りしてしまったことは衝撃的でした。
コドモのころ電車の寿命は長いと思っていましたが、今は短いと感じてしまいますね・・・・。

chitetsu さんのコメント...

尼セン阪鉄車輌さん
6000系は登場時5000系に比べて随分安普請の電車が出来た、という印象で好きになれなかったです。
なので、晩年の姿しか撮っていないです。
電車の寿命の件、本当に短かくなった気がしますね〜。それを一番感じたのが何故かこの電車でした。
まあ、短かく感じるのは歳のせいでしょうが(^o^)

Cedar さんのコメント...

初めて試運転姿に出くわしたときは、ホントにびっくり&がっかりしたものです。
20mの箱みたいな車体、側面の戸袋までユニットサッシになってるところとか・・

モハメイドペーパー さんのコメント...

 つつじヶ丘に2年ほど住んでいたので、6000系には結構お世話になっています。通勤電車としての機能に徹した結果、フアン受けする要素がなくなってしまったのは事実。安普請というけど、5000系も初期車はパンタとCPを旧型車から、制御器は2010系の昇圧で余ったのを転用するなど、かなりセコイ電車でした。

三等急電 さんのコメント...

6000系2連ですが、地下鉄直通運用と京王線内運用では連結位置が異なり、前パンが見られるのは地下鉄直通運用だけだったようです。
なお、地下鉄直通運用のない7000系では、2連は登場以来前パンが見られない状態が続いていましたが、現在では平日の競馬場線で見られます。(ワンマン車2連単独での運行)

chitetsu さんのコメント...

Cedarさん
6000系は直線の塊でしたね。
走りもイマイチでどうも好きじゃなかったです。

chitetsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
当時の京王は結構懐事情が厳しかったみたいでしたね。
あのケチり方も京王ぽかった気がします。

chitetsu さんのコメント...

三等急電さん
地下鉄直通車と京王線の付属編成の向きが違うのは京王線新宿駅の都合と聞いた気がしますが、正しいのでしょうか?

モハメイドペーパー さんのコメント...

 地下鉄直通の10連は若葉台で仕立てるので、橋本寄りとした方が増解結に都合がよいと聞いたことがあります。9000系1次車も橋本寄り増結を考え、橋本寄り先頭車のみ、運転台を貫通できる構造になっていました。

chitetsu さんのコメント...

モハメイドペーパーさん
連結位置の件、コメントありがとうございました。
構造も踏まえるとなるほどです。

みかん さんのコメント...

私も京王6000系は子供の頃は好きでは無かったのに、赤帯が消える直前に慌てて追い掛けた感があります。
子供の頃は主力車で、今思えばHMを掲げて特急としても活躍した一番輝いていた時期なのですが、たまに京王に乗ると必ず来るので飽きてしまい、希少な存在に見えた5000系や7000系に憧れました。
元京王社員の人の話では、廃車時期が早かったのに1両も地方譲渡が無かったのは、実際に安普請で劣化が進んでいたから、らしいです。

chitetsu さんのコメント...

みかんさん
わー、こんにちは。
私みたいなヒト、結構いるのですね。
ちょっと安心しました。
その頃の6000系は今の9000系みたいなイメージだったかもしれません。
>実際に安普請で劣化が進んでいた
なるほどです。