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2016年1月21日木曜日

東京モノレール

探し物で画像検索をしていたら偶然50周年を迎えた東京モノレールを撮影に行った時の画像が出てきましたので、本日は何と無くモノレールです。

14.10.17 大井競馬場前

東京モノレールは2014年9月で開業50周年を迎えました。
それを記念してかつて走っていた車輌などの復刻塗装を纏った車輌が走っているのを撮りに行ったのでした。
それまでモノレールは移動手段程度の認識で、ちゃんと撮影したのはこの時が初めてでした。

交通の図鑑より

少年時代のモノレールのイメージは↑これでした。
この絵は100形になるのでしょうか。
3輌編成を2本つないだ雰囲気は今見ると結構格好良いですね。
でも当時は飛行機には全く縁がなかったので、モノレールも浜松町で見上げるだけの存在でした。

五輪に合わせて開業した時は浜松町から羽田空港まで途中駅が無かったのも今となってはビックリですし、最初は始発駅は新橋を予定していたものの反対で浜松町になったというのは知りませんでした。

1019 13.3.5 浜松町

第4編成に施されたモノレール開業時塗装。
浜松町で偶然遭遇してスマホでパチリしましたが、これっきりで終わっちゃいました。

1085 14.10.17 
天王洲アイルー大井競馬場前

こちらは天王洲アイル付近で捉えた、50周年記念事業の一環として第15編成に施された登場時塗装編成です。

1054 14.10.17 
大井競馬場前ー天王洲アイル

以前から気になっていた大井競馬場前付近の運河上を行く区間に移動しました。
私の中でのモノレールのイメージはこの風景です。
開業時は天王洲あたりからずっと海の上を走るような光景であったそうですが、今はこの辺りしかその雰囲気は味わえませんね。

やって来たのは第9編成に施された500形復刻塗装です。

1090 14.10.17
 大井競馬場前ー天王洲アイル

1000形登場時塗装をパンを食べながら待ちます。

1049 14.10.17 大井競馬場前ー天王洲アイル

橋の上から反対側を見るといかにもな沿線風景です。
沿線には土地柄物流倉庫が多いです。

1012 14.10.17 大井競馬場前ー天王洲アイル

背後には高層ビルが迫ってきています。


1066 14.10.17 大井競馬場前ー天王洲アイル

線路沿い?を歩く遊歩道から見上げたモノレール。
下から見上げると結構迫力があります。
歩きながら、保線作業はどうやってやるのだろうか?と想像してしまいました。
作業は専用車両でやるのでしょうが、結構大変そうですね。

11.10.17 国際線ターミナル

京急が羽田空港に乗り入れてからは専ら赤い電車のお世話になってしまっている私ですが、モノレールの独特な乗り心地と沿線風景もたまに見ると新鮮な感じがしました。
JR傘下になったものの、JR自体が羽田へ線路を敷こうとしているなど、この先もモノレールを取り巻く環境は平穏では無いのかも知れません。

以上、とりとめの無い東京モノレール撮影記でした。

8 件のコメント:

宵闇 さんのコメント...

今年はドリーム交通、向ヶ丘遊園、姫路市モノレール開業50周年ですね!
ある意味モノレールの歴史を語る上では節目の年でもあります。
このページでのモノレール特集を期待しております。

chitetsu さんのコメント...

宵闇さん
50年前は新しい交通機関としてモノレールがちょっとしたブームになった時代だったのですね。
新時代を切り開くかに見えたモノレールですが、思ったような結果にはならないままに世の中は新交通システムに移行していった感じですね。
モノレールについては残念ながらこれ以外では姫路市の廃線跡?ぐらいしか撮っていませんので、あまり特集にはできそうにないです・・・。

maru-ha さんのコメント...

今では考えにくいでしょうが、東京モノレールで車内券あったんです!
もともと羽田と浜松町以外は無人駅で、競馬場も多客時のみ駅員配置でした。
小生も、車掌から購入できたのは3回くらいです。。。
その頃の社名は日立運輸東京モノレールって、長いものでした。
車内券はGETしましたが、写真は撮ってなかったです。

chitetsu さんのコメント...

maru-ha殿
さすが、モノレールの車内券まで収集していましたか!
途中駅は今とは比べ物にならない位寂しかったですね。
自分もこの時まで全く写真を撮っていませんでした。

赤影 さんのコメント...

開業直後に乗りに連れて行ってもらいました。
もちろん途中駅無しで、並走する首都高の自動車をビュンビュン追い抜いていく快速ぶりに痺れました。
開業時の100形はボギー車ではなく単車だったんですよねー。

三等急電 さんのコメント...

東京モノレールを最初に撮ったのは浜松町へ知り合いの見送りに行った昭和43年の100形でしたが、次の撮影はおそらく今世紀に入ってからだと思います。
まだ珍しかった頃は遊園地等に関連した短距離の路線がいくつかありましたが、現在運行中のものは上野と浦安だけになりました。
海の上を走るような光景が消えていくのは、1世紀近く前に開通した東海道線も同じで「歴史は繰返す」ですね。
ブログを拝見して、昭和37年2月発行の「世界の鉄道」巻末のモノレール解説を読み直しました。
東京モノレール開業前のこと、問題点はあるものの新時代の鉄道としての期待が感じられました。
そういえば、都電廃止が進められていた頃には荒川線をモノレール化する計画があったそうです。
1960年代に21世紀の未来を描いた「サンダーバード」で登場する鉄道はモノレールだけで、別の回では「昔ロンドンには地下鉄というものが走っていたそうよ。」とおばあちゃんが話す始末です。
鉄道斜陽論が幅を利かせていたのですね。
この時代に新幹線を開通させた人々は、すごい先見の明があったということです。

chitetsu さんのコメント...

赤影さん
ビュンビュン車を追い抜く走りっぷりと言うのは痛快ですね。100形がボギー車でないとは知りませんでした〜。

chitetsu さんのコメント...

三等急電さん
次世代の新交通と期待されたモノレールも結局実用になっているのは多くありませんでしたね。
モノレールは21世紀の未来の街を描いた時に必ず登場して、本当にこんなになっちゃうの?と思いましたが、意外と実態は現実的でした。
何故か関東に集中しているのも面白いです。